「全人教育」を理念として、人材育成を行ってきた玉川大学。芸術学部は、1964年開設の文学部芸術学科を発展させる形で2002年に設置された。学部学科の枠を越えた異分野融合プログラム、企業との連携プロジェクトなど、学内外での「共創」が充実している。芸術家だけに留まらない進路の幅や、教育の狙いなどを芸術学部長・芸術専攻科主任の椿敏幸教授に伺った。
芸術学部の学びが活きる場は多い。社会貢献も見据えた教育
玉川大学は、1947年の大学令で設置認可が下りた旧制最後の大学。8学部17学科がワンキャンパスに集い、切磋琢磨しながら学んでいる。教育理念は「全人教育」。「真・善・美・聖・健・富」といった、人間文化を構成する6つの価値を調和的に伸ばすことが目標だ。
とくに芸術学部は「美」に直結する領域を扱っており、前身である1964年開設の文学部芸術学科から数えると60年以上もの歴史が。現在は音楽学科、アート・デザイン学科、演劇・舞踊学科の3学科8コース体制で、「芸術による社会貢献」ができる人材を育成している。
教育者であると同時に、陶芸の個展等を開催する芸術家としての顔も持つ椿学部長も、芸術と社会のつながりを感じながら活動してきた。
「大学で芸術を学んだからといって、卒業生全員が芸術家になるわけではありません。多くの学生は一般企業に就職して活躍しています。昨今は一般企業でもデザイン思考やクリエイティビティが求められるようになりました。アートやエンターテインメント以外の業界にも、芸術学部の学びを活かせる場が広がっているのです。このとき欠かせないのが、さまざまな分野や人々との連係と共創。本学では将来の活躍の場が広がるよう、幅広い学びと深い専門性をどちらも磨くようなカリキュラムを用意しています」
教育方針を象徴する取り組みのひとつが、玉川学園のオリジナル商品「たまがわアイス」のパッケージデザイン。1970年に農学部の学生が食品加工実習で製造した商品がもとになっており、現在のパッケージには芸術学部の学生が市場調査などを通して仕上げたデザインが採用されている。芸術の専門性にマーケティングやブランディングといった異分野の観点を組み合わせた、同大学の芸術学部らしさが光る事例だ。
学生たちのパッケージデザイン案が採用された「たまがわアイス」など。
学内外の共創で、専門性と経験を培う
共創プロジェクトは学外の企業や団体とも実施されている。たとえば2023年に町田市環境資源部環境共生課からの依頼を受けて制作した、路面標示シート。キャンパスにほどちかい小田急線玉川学園前駅周辺のポイ捨て防止などをめざし、アート・デザイン学科の学生がデザインや設置施行を担当した。
オリジナルグッズなどのOEM生産を主軸にするユニファースト株式会社との産学連携プロジェクトも進行中。「援」をテーマに、ユニークで多義的なツールのデザインを募った。最優秀賞の作品は細かな調整を経て商品化される予定だ。
演劇・舞踊学科も社会との接点が多い。ワシントンD.C.などで開催される「アメリカ桜祭り」では、毎年招待公演を実施。国内でも各地の小中学校を訪問する巡回公演に取り組んでいる。音楽学科では、一般市民も鑑賞できるミュージカルや、音楽関連のレクチャーを含む演奏会「たまおん」などのイベントを多数開催。どの学科も芸術学部がめざす「芸術による社会貢献」を体現している。
「演劇・舞踊学科と音楽学科は関わりが深く、各学科の学生がお互いの授業を受けることも可能です。学科を越えた学びは、相互作用を生み出します。また、芸術学部・工学部・農学部の共創プロジェクト『奏學祭』でも、学部の総力を挙げて共創を実現してきました。音楽学科は演者としてステージに立ち、舞台装置を演劇・舞踊学科が担当。会場の装飾や映像作品はアート・デザイン学科が手がけました」
総合大学で芸術を学ぶ意義
キャンパス内には本格的な音楽ホールやレッスン室などがあり、施設の充実ぶりは芸術大学にも匹敵する。「University Concert Hall 2016」のメインホール「MARBLE」は486席を有しており、同規模の名門ホールと同等の音響を実現。ほかにも小ホールや多数のレッスン室を併設しており、成果発表やイベント、学生たちの日々の練習などに活用されている。
大学3号館には大規模な照明設備や音響設備を備えた、収容人数100人規模の演劇スタジオが。練習用スタジオには、ダンスやバレエのレッスンに適した床材が採用されている。
また、異分野融合を実践する「STREAM Hall 2019」にはガラス張りの実験室やプロジェクト室を設置した。各自の取り組みを「見える化」することで、知的好奇心や創造力の向上をめざす。
ほかにも「Consilience Hall 2020」では、総合大学では珍しい本格的なガラス工房や、大きな作品にも挑戦できる陶芸工房などを設置。各分野を専門とする教員の指導も受けられ、学生のアイデアを形にしやすい場がそろっている。
「University Concert Hall 2016」は玉川学園の音楽教育の拠点。写真は大ホール「MARBLE」。
さらに同大学は教育ボランティアやインターンシップのプログラムも充実。とくに音楽学科の音楽教育コースや、アート・デザイン学科の美術教育コースに所属している学生にとっては、実践的な経験を積みやすい最適な学習環境だといえよう。
「芸術大学にも引けを取らない設備と、総合大学ならではの多様性に富んだ学びを用意しています。ここまで芸術学部が充実している総合大学は日本では稀ですが、世界的ではそれほど珍しくありません。芸術は社会の一部であるため、総合大学に芸術学部があることは当たり前なのです。芸術にはさまざまなスタイルがありますが、作品を受け止めてくれる相手がいて初めて成り立つ点は共通しています。大学ではオリジナリティを模索しつつも、自分の表現と社会をいかにつなげるか、といったバランス感覚を大切に学んでほしいです」
玉川大学 芸術学部長・芸術専攻科主任
椿 敏幸 教授