海馬が学習や記憶に関わっていることは古くから知られている。しかし、神経細胞には限りがあるため、あるレベルに到達するとそこで飽和し、それ以上の記憶ができなくなってしまう。そのため何らかの「クールダウン」の機構が海馬に備わっていると予想されてきた。
東京大学の研究グループは、海馬から発生する「sharp wave ripple(以下、SWR)」という脳波が、睡眠中にニューロン間の繋がりを弱め、脳回路をクールダウンさせることを発見した。
研究グループはまず、睡眠中のマウスからニューロン間の繋がりの強さの指標である興奮性後シナプス場電位(field excitatory postsynaptic potential,fEPSP)を記録した。すると、睡眠の経過とともにfEPSPの減弱が見られ、睡眠中にはニューロン間の繋がりが自然と弱まることが確認された。
続いて、睡眠中に生じるSWRを阻害する実験を行ったところ、fEPSPの減弱は観察されなかった。すなわち、SWRが睡眠中に海馬のニューロン間の繋がりを弱め、海馬の神経回路をクールダウンしていることが明らかになった。SWRを7時間阻害し続けたマウスは、脳回路の興奮性が高いままで、十分な睡眠をとっているにも関わらず寝不足のような状態になったという。
さらに、記憶に関わったニューロンとそうでないニューロンを区別できる遺伝子改変マウスを用いて、SWRが発生しているときのニューロンの活動を観察した。すると、睡眠直前の記憶に関わって「いない」ニューロンの活動だけが弱まっていることがわかった。つまり、SWRは記憶に関連しないニューロンの繋がりだけを弱めており、睡眠中に効率よく記憶が整理されていることが推察された。
本成果は、「生物はなぜ眠るのか」という根源的な問いに一つの明確な答えを提示するものと言える。