恐怖を生じさせる言語情報を与えられると、偽物の手に対しても主観的な身体所有感が増加するとともに、その増加の程度が大きい人ほど痛みを感じやすくなることが畿央大学の研究でわかった。
身体所有感(sense of ownership)の低下は、自分の身体を自分のものと感じられなくなることでリハビリテーション効果を阻害することが明らかとなっている。しかし、視覚、触覚、固有感覚(位置情報)といったボトムアップ要因に比べて、文脈(言語情報)などのトップダウン要因が身体所有感に対して与える影響については、これまで十分な検証がなされてこなかった。
今回の研究では、「ラバーハンド錯覚」という錯覚現象を用い、釘が刺さっている偽物の腕を自分自身の手であると参加者に錯覚させて身体所有感を惹起させる際に、恐怖文脈の有無がどのような影響を与えるかを検証した。「恐怖文脈あり」の条件では、釘が刺さっている腕の背景について「釘が貫通、出血し、激しい痛みがある」などの恐怖を生じさせる説明を行い、「恐怖文脈なし」の条件では、「仮装パーティの準備中、偽物の釘と血のりで、痛みは全くない」などの恐怖を引き起こさない説明を行った。
その結果、恐怖文脈を引き起こす言語情報が提示された場合は、主観的な身体所有感が増加し、その増加の程度が大きい参加者ほど痛みを感じやすくなる(疼痛閾値が低下する)ことが明らかとなったという。
このことから、言語情報が身体所有感と痛みに関与する要因の一つであることが示され、例えば医療者が行う病態説明などの言語情報が、身体所有感や痛みにも影響する可能性が示唆された。今回の実験参加者は30名の健常人であったが、身体的および精神的な苦痛を有する人は身体所有感が低下することが報告されている。そのため、今後は健常人と慢性的な痛みを有する人の違いに関しても検証が必要だとする。