名古屋大学などの研究グループが、視覚を遮断したマウスにおいて触覚(体性感覚)の能力が向上するメカニズムを明らかにした。
通常、視覚情報は脳内の視覚野で処理されるが、視覚を失った場合の視覚野は、代わりに聴覚や触覚(体性感覚)など他の感覚情報を処理するようになり、結果として聴覚や触覚が鋭敏になる「異種感覚間可塑性」と呼ばれる現象が起こる。マウスでも、視覚遮断後の視覚野がヒゲ刺激による体性感覚情報に応答するようになることが知られているが、こうした異種感覚間可塑性のメカニズムはわかっていなかった。
本研究ではまず、マウスのヒゲからの触覚情報を処理する体性感覚野から高次視覚野には、潜在的に伝達経路が存在しているが、正常時では抑制されていることを突き止めた。しかし、生後間もなく視覚を遮断したマウスでは、高次視覚野においてグリア細胞の一つであるミクログリアが、抑制性神経細胞(パルブアルブミン陽性神経細胞)から興奮性神経細胞(錐体細胞)への抑制性シナプス入力を除去していた。これにより、体性感覚野から高次視覚野への伝達経路の抑制システムが解放され、視覚遮断マウスの高次視覚野はヒゲ刺激による体性感覚情報に応答するようになるという。なお、ミクログリアはマトリックスメタロプロテアーゼ9という分子を用いて細胞外基質を溶かすことで抑制性シナプスを剥がし、除去しているという機序も突き止めた。
視覚遮断マウスの体性感覚能力を感覚訓練学習によりテストすると、正常マウスよりも向上していた。ところが、高次視覚野に限局して神経活動を抑制した場合は、正常マウスと同程度まで低下した。つまり、視覚遮断後のミクログリアによる高次視覚野の神経回路再編成は、いわば「ストッパーを外して専門外の情報も処理するようになる」ようなもので、体性感覚に対する神経応答を増加させ、残存する体性感覚機能の向上に寄与するのである。
本研究成果は、脳の多種感覚情報統合・分別にかかわる新たなメカニズムの提唱にもつながる可能性が期待されるという。
論文情報:【Cell Reports】Microglia Enable Cross-Modal Plasticity by Removing Inhibitory Synapses