大学入学共通テストまで2ヶ月を切り、いよいよ2024年度入試の一般選抜が本格的にスタートします。今の高校2年生が受験する、次の2025年度入試が新課程入試となることから、入試の専門家からは、受験生の安全志向を予想する声が早くから聞かれました。ところが、現在行われている模擬試験の動向では必ずしも安全志向でもないようです。入試倍率の緩和傾向の影響もあり、今年の受験生は強気にチャレンジ受験をするのでしょうか。

 

2大全国模試が同じ傾向を示している

大学入試対策となる模擬試験は多くありますが、全国的な動向を広く予想できる規模の模擬試験は2つに限られています。ベネッセコーポレーションの進研模試(駿台・ベネッセ模試を含む)と河合塾の全統模試です。それぞれ30万人~40万人の受験者数を持ち、大規模な母集団を形成していますので、実際の入試を予想する上での信頼度は高いと言えます。この2つの模擬試験の最新の動向がそれぞれの情報サイトで公開されています。

新課程入試のような大きな制度改正がある前年入試では、多くの受験生が現役合格を目指して手堅く受験する、いわゆる安全志向が見られます。しかし、今回は様相がやや異なるようです。ベネッセ教育総合研究所サイトの「ベネッセ教育情報」には「【2024年度大学入試】最新動向と『推薦入試(年内入試)』のポイントは?」という記事が公開されています。この記事によると最新の志望動向では、難関国公立大・私立大の志望者数は大きくは減少しておらず、医学部の人気も衰えていないことから、受験生は強気の志望を貫いているとしています。この動向は駿台・ベネッセ模試の結果に基づいていることから、かなり精度は高いと言えます。

また、河合塾の大学入試情報サイトKei-Netで入試記事「2024年度入試情報 2024年度入試の概要」が公開されていますが、ここでも国公立大学の人気は堅調で、しかも難関大志向が強く、医・歯・獣医などの資格取得を目指す難関学部系統が人気だと分析しています。この記事では、さらに私立大学の入試動向や入学定員の変化や高等教育政策なども解説されていますのでお薦めですが、いずれにしても、2大模試の動向が、受験生の安全志向を示していないということがポイントです。つまり、これまでのセオリーに反した動きが見られています。

ベネッセ教育総合研究所「ベネッセ教育情報」
https://benesse.jp/

河合塾 大学入試情報サイト Kei-Net「2024年度入試情報 2024年度入試の概要」
https://www.keinet.ne.jp/exam/future/

すでに公表されている大学入学共通テストにおける旧課程生への対応

教育課程が変わって初めて入試(新課程入試)は、その教育課程で勉強した現役生にとっては、普通の入試ですが、既卒生(旧課程で勉強した旧課程生)にとっては自分たちが勉強した教育課程とは異なります。科目名も異なれば、教科書の編成も変わっています。さらに言えば、自分たちが勉強していない内容が加わっていることもあります。同じ新課程用の入試問題を解く場合、これは明らかに不利です。それを避けるため、現役合格を目指すことになるのですが、そこでポイントとなるのは、入試における旧課程生への対応です。

すでに大学入学共通テストについては、詳細が公表されており、入試の専門家に言わせれば、過去に例を見ない手厚い措置が準備されています。例えば、従来では対応されない、数学と理科以外の科目、地歴・公民にも経過措置科目として、旧課程生専用の問題が用意されます。そして、最も心配されていた「情報Ⅰ」に対しても、「旧情報」を出題するなど手厚い対応です。すでに公開されている試作問題を見ると、「旧情報」はその問題難度から旧課程生にとってボーナスポイントになる可能性も指摘されています。

さらに最も重要な措置は、得点調整の対象科目を拡大したことです。そもそも新旧課程間では入試問題そのものが異なります。そのため、かつて旧課程生向けの問題の難度が高く、平均点で新旧の差が開き、大きな社会問題となったことがありした(1997年度入試)。この混乱が関係者の記憶にあったかどうかは定かではありませんが、今回の旧課程生への経過措置は、大学入試センターの大英断と言える手厚い対応です。こうしたことがチャンレジ受験をする後押しになって、安全志向が見られないのではないかと言われています。

主要な大学の個別試験における旧課程生への対応

なお、2次試験などの個別試験における対応については、さすがに大学入学共通テストのように旧課程生用の別問題を用意することは、各個別大学では難しいのですが、主要な大学はその対応をHPで公表しています。東京大学は「経過措置が実施される予定で決定後に改めて公表する」としています。京都大学は「学習指導要領による扱いが異なる事項については出題にあたり必要に応じた配慮をする」としています。

さらに明確な方針を示しているのが早稲田大学です。「2025年度入試のみ新学習指導要領と旧学習指導要領の共通範囲から出題する」としています。表現に曖昧さがなく受験生は安心できます。慶應義塾大学も特別な措置は取らないとしながらも「旧課程履修者を考慮する」としています。このほか法政大学は旧課程生が履修していない「歴史総合」を出題範囲にしていますが、「歴史総合・世界史探求」の歴史総合は「主に世界史から出題する」、「歴史総合・日本史探求」の歴史総合は「主に日本史から出題する」と気配りが効いた素敵な注釈が付いています。まさにダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンな対応です。

こうした情報が早くから公表されており、また入試の実質倍率が低下していることが、過度な安全志向が見られない理由ではないかと思われます。

学部の新設を予定している大学は合格者数を絞り込む?

多くの受験生は、入試の倍率がこれ以上は上がらない、もしくは下がると考えていると思います。実際に多くの場合はそうなるでしょう。ただ、一部に例外があることも考えられます。それは学部新設などを予定している私立大学が、規制により合格者数を前年よりも減らして、絞り込む可能性があることです。

大学の学生数が定員よりも多くなる比率、定員超過率には規制があります。2023年度から私立大学への補助金配分のための規制が一部緩和されていますが(入学定員超過率+収容定員超過率から収容定員超過率のみによる規制に緩和)、これと同様の規制が新設学部等の設置を認可する際にもあります。ただ、この認可の超過率の基準は、私学助成の基準よりもやや厳しくなっています。そのため、今後、新学部の設置を予定している大学は合格者数を絞り込む可能性があります。

文科省の「大学・高専機能強化支援事業」によって、グリーン・デジタル分野に学部再編をする大学がすでに決まっています。詳細は、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構のHPに掲載されていますが、青山学院大学、中央大学、立教大学、関西大学、広島修道大学など主要な大学もここに含まれています。

それにしても、グリーン・デジタル分野に学部再編する大学のリストを見ていると、「データサイエンス」「イノベーション」「デジタル」「環境」などのワードが並び、理系分野が拡大している事が分かります。以前に当コラムでも書きましたが、国立大学で文理融合学部が増えています。多くの高校では文理選択が行われますが、文理選択そのものは合理的な仕組みで誤りではありません。また、国公立大学志望者は、文系生でも大学入学共通テストで数学・理科を受験しますので、受験勉強は行います。ここで問題となるのは私大文系のコースを選んだ生徒です。生徒たちに言葉を借りれば高校2年で“数学を捨てた”生徒たちです。理系拡大、文理融合の拡大によって、これから先、私大文系の生徒たちが選択できる進路はどれぐらい残されるのでしょうか。

独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 助成事業「大学・高専機能強化支援事業」
https://www.niad.ac.jp/josei/

「これからもまだ増える?国公立大学の文理融合系学部」
https://univ-journal.jp/column/2022174009/

神戸 悟(教育ジャーナリスト)

教育ジャーナリスト/大学入試ライター・リサーチャー
1985年、河合塾入職後、20年以上にわたり、大学入試情報の収集・発信業務に従事、月刊誌「Guideline」の編集も担当。
2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。
2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務め、日本経済新聞、毎日新聞系の媒体などにも寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学の様々な課題を支援するコンサルティングを行っている。KEIアドバンス(河合塾グループ)で入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行なっている。
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