大学では各種のスポーツ活動が展開される。強豪校の学生アスリートともなれば、生活に占める運動部活動のウェイトは高くなる。優れた競技成績を目指し日々の練習に加え強化合宿や交流試合への参加など、切磋琢磨の連続となる場合もあるだろう。
スポーツを重視する大学には、スポーツ推薦入試を導入している例も多い。この入試では、高校の学業成績に関して一定の評定平均値が求められる場合があるものの、何よりも競技成績が積極的に評価される。進学した大学でも継続してスポーツに打ち込むことができる。スポーツ推薦入試を行う大学によっては、競技継続を条件として授業料の減免や奨学金給付を行っているところもある。その背景として受け入れる大学側の経営上の思惑も見えてくる。学生が全国大会で優秀な競技成績を収めたり、国際競技大会に出場すれば、社会へのアピールとなり大学の認知度も向上する。強豪校のブランドとして定着すれば、安定した学生確保に繋がるかもしれないのだ。他の一般の学生にとっても、学生アスリートが活躍すれば、連帯感も生まれるだろうし、誇りや母校愛も醸成されるだろう。
しかし、学生アスリートには特別のリスクもある。運動部活動に偏重するあまり、学業成績の低下や卒業が危うくなることもあるのだ。両立は結構大変だ。時には、重要な公式試合や遠征が授業期間と重なり授業の欠席を余儀なくされることもあるので、問題をすべて学生の自己管理の問題に還元することは適切でないと思われる。大学側の支援や配慮が望まれる場合もあるのだ。諸外国の中には、大学団体がスポーツと学業との両立を図るために様々な施策を講じている国もある。我が国の大学スポーツも、この問題に適切に対処できなければ、国のスポーツ発展にとって桎梏になりかねない。大学におけるスポーツと学業の両立は、政府のスポーツ政策の主要なテーマとなっていったのである。
このことに関し、2012年の第1期「スポーツ基本計画」は、アスリートライフと現役引退後の人生を両立するために現役時代から備える「デュアルキャリア」を提唱した。これを受け (独)日本スポーツ振興センターが諸外国の先進事例を調査研究し2014年「デュアルキャリアに関する調査研究」報告書としてまとめている*1。この調査研究では、諸外国の大学における学生アスリートに対する学業との両立支援に係る先進事例も紹介されている。
我が国における学生アスリートと学業の両立について、より具体的な検討を進めたのは「大学スポーツ振興に関する検討会議」*2であった。同会議は2017年の最終とりまとめにおいて、我が国の大学は学生アスリートの学業環境や就職への支援が不十分であると指摘するとともに、我が国も諸外国に倣って学生アスリートの未来の人生をも見据えた「デュアルキャリア支援」を推進するべきであるとした。また、大学の取組を牽引する役割として「大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA*3)」が担うべきとした。この構想は、同年の第2期「スポーツ基本計画」に反映され、スポーツ庁による検討を経て、2019年「一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)*4」の設立で具体化された。
UNIVASは、設立後直ちに学生アスリートの学業との両立やキャリア形成支援策の検討に着手し、各大学が運動部学生の学業成績を把握し管理する必要があること及び成績基準を設け、基準に満たない学生には、学修プログラムの提供などの対策・支援を行うことが望ましいこと、等の基本的な考えを関連情報とともに整理した。爾来、加盟大学にする先進事例の紹介や、学生アスリートのキャリア形成支援等にも取り組んでいる。
優秀な学生アスリートでも、一部の例外を除いて、大学卒業後に競技で生計を維持していくことは困難である。競技を継続できたとしても、アスリートとしての寿命は人生よりも短い。上述の関係者の取り組みが結実し、より多くの運動部学生が学業においてもその優秀性を発揮し、卒業後に社会で活躍する卓越した人材として成長することを期待したい。
*1 独立行政法人日本スポーツ振興センター「デュアルキャリアに関する調査研究」報告書2014年
*2 文部科学省「大学スポーツの振興に関する検討会議 最終とりまとめ」2017年
*3 NCAA: National Collegiate Athletic Association (全米大学体育協会)の略称
*4 UNIVAS:一般社団法人大学スポーツ協会の英名(JapanAssociation for University Athletics and Sport)の略称、
なお、UNIVASについてはスポーツ庁HP掲載「大学スポーツへの大学としての関与支援体制 手引書・事例集」(UNIVAS)(令和4年度感動する大学スポーツ総合支援事業の成果報告書)の関連部分を参照した。
(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌厚(やすひろ)さん
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。