明治大学政治経済学部の加藤言人専任講師、早稲田大学の遠藤晶久教授らの研究グループは、日本の有権者が選挙で政党を選択する際に、政策がどれだけ一致しているかだけでなく、「実務能力」のような政策以外の属性(ヴェイレンス)も同じくらい考慮して決めていることを明らかにした。
政治の世界では、政党が何をしようとしているのか(政策)だけでなく、どれだけ実務能力がありそうか、どれだけ信頼できるかといった要素(ヴェイレンス※1)が有権者の投票行動に影響を与えることが知られている。しかし、個人の候補者レベルの研究が進む一方で、政党レベルでは、どのようなヴェイレンス属性が重要で、政策とどのように相互作用するのかが未解明だった。
そこで研究グループは、2022年の参議院選挙直前にオンライン調査を実施し、コンジョイント実験(※2)として調査回答者に政策属性とヴェイレンス属性をランダムに組み合わせた架空の政党プロファイルを複数提示し、好ましいと思う方を選ばせ、有権者が各属性にどれだけ価値を置いているかを測定した。今回は、政党の政策に関する3つの属性に加え、政党のヴェイレンス属性として、閣僚の有無、委員長の数、国会議員数、提出法案数、公約実現度、複数当選議員の割合、結党からの年数、候補者を擁立した選挙区の割合、スキャンダル報道回数、党首の在任期間、党首のパーソナリティの11の属性を設定し、その影響を詳細に分析した。
その結果、有権者が特定のヴェイレンス属性を重視することと、それらが政策と独立して政党評価に影響することを明らかにした。有権者が特に重視していたのは、政党の国会内での存在感(国会議員数、委員長数)、公約実現度、立法生産性(提出法案数)、そしてスキャンダル報道の少なさ。 一方、政党の継続性(結党からの年数)や経験(複数当選議員の割合、党首の在任期間)といった属性は、他の属性に比べて重視されない傾向が見られた。ヴェイレンスが高い政党であっても、政策が有権者の好みから離れている場合、支持が低下する傾向が見られ、ヴェイレンスと政策はそれぞれ独立して、有権者の政党選択に影響を与えていると考えられる。
支持政党によるヴェイレンス評価の傾向をみると、自民党の支持者は、複数当選議員の割合について、多すぎない「中程度」を好む傾向が見られた。無党派層や既存野党の支持者は、スキャンダル報道に対して自民党支持者よりも強く反応し、スキャンダルが多い政党を強く罰する傾向が見られた。一方、日本維新の会などの新興野党の支持者は、経験豊富な議員の存在やスキャンダルに対する懸念が他の野党支持者や無党派層よりも低い可能性が示唆された。
今回の研究結果について研究グループは「本研究の結果は、日本の有権者が自民党を(政策以外の理由で)支持し続ける背景として、政党としての経験値を重視しているわけではないことを示唆するものです。直近の衆議院議員選挙で、自民党は議会多数を失いました。このような結果は、“実務能力”の評価における自民党の相対的優位が崩れてきていることを示唆します」と指摘している。
※1 ヴェイレンス属性(Valence attributes)
政党や政治家の政策(争点態度)以外の属性のこと。能力、経験、実績、信頼性、カリスマ性など、一般的に有権者にとって「高い方が望ましい」「誰もが好む」と考えられる性質を指す
※2 コンジョイント実験(Conjoint experiment)
サーベイ調査実験の手法の一つ。 複数の属性(例: 価格、デザイン、性能)を持つ製品やサービスなどの選択肢を様々に組み合わせたものを提示し、調査回答者の選択傾向を分析することで、調査回答者が各属性にどれだけ価値を置いて(強い選好を持って)いるかを統計的に評価する研究手法。本研究では、この手法を政党選択における政策属性やヴェイレンス属性の評価の文脈に適用