あらためて自由と責任、対話について語りたい
山極壽一(京都大学総長):大学は学生が主役ということで、大学全体として学生目線に立った教育改革を進めているが、ここで重要なのが自由という概念。1897 年の京都大学の創立には、当時の文部大臣西園寺公望が深くかかわったとされるが、彼は「政治の中心である東京から離れた京都に、自由で新鮮な発想から真の学問を探求する学府」を作るとし、二つ目の帝国大学として東京大学とは違う大学を作るべきだと考えたようだ。
それは特に、異なる考えを許容する自由な学風を持つ大学を作りたいということだった。これは彼が、19世紀、自由の気運に満ちたフランスに9年間も留学していたことと無関係ではないと思う。自由の学風の典型は法学部で、東京大学や中央大学などの、法学部中心で国家試験合格を至上命題としていた大学とは違って、京都大学では国家試験受験よりもゼミナール、法学研究を重視した。もっとも、官僚や政治家から批判も出て、少しは国家試験にも挑戦するようになったというエピソードが残っている。
世の中を疑い、それを律している様々な常識に対して疑問を投げかけ、世界の仕組みを明らかにしていくような学問を育む拠点を作りたい、そんな西園寺の意志を継いだ初代総長木下廣次は、京都大学の理念として《自重自敬》を掲げる。彼は東京大学総長時代に、規律を破ることも多かった寮生に対して「君たちに自由を与える。だから自由に判断し、行動を決めなさい」と言って諭し、その反発、乱暴を抑えたという。彼は自由や自己決定が、学生に責任を自覚させることを知っていたのだと思う。
自由とは自分の行為を自分で決められるということだと思うが、それには責任が伴う。責任とは《他者応答性》、他人からどう見られているかを常に意識して行動すること。あるいは自分の自由を拡大することは他人の自由を奪うことでもあるから、そのバランスを考えることだ。そしてそれを意識することが、自由を行為する者の責任だから、このことを自覚するチャンスの少ない現在の学生には、入学当初からそれを伝えていく必要があると思う。
自由である前に《対話》が必要であることも忘れてはならない。《対話を根幹として自学・自習を促す》のが自由の学風であり、その下で《卓越した知の継承と創造的精神を養うこと》が京都大学の学生に求められる。自由を標榜するだけで対話を失うことがあってはならない。
この1年を振り返って
山極壽一(京都大学総長):学生主役の取組ということで、2015年12月から始めたのが、「京大生チャレンジコンテスト」(SPEC)。個人・グループを問わずおもろい企画を立て、提案してもらう。学術だけでなく、文化、芸術、スポーツ、ボランティアなど幅広い活動が対象で、その計画を教員で審査し、優秀なものをWEBページに載せ、クラウドファンディング(Crowdfunding)で市民から寄付を募る。最長3年で、WEBで最終報告だけでなく、中間報告もしてもらう。権威ではなく、市民が認め、サポートしたいという活動に学生の間にしっかりと取り組み、その気持ちにも応えるという経験をすることはとても大事だし、アントレプレナーシップを養うことにもつながると思う。
もう一つは、この4月から始めた「京大おもろチャレンジ」(京都大学体験型海外渡航支援制度――鼎会プログラム)。主に夏休みを使った留学プログラムで、予め決められたコースから選ぶのではなく、企画立案から海外との交渉やビザの取得まですべて自分でこなす。企画書を提出し認められれば、鼎会(OB 財界トップによる総長支援団体)から一人上限30万円で奨学金が支給される。今年は百数十名の応募者の中から30名が選ばれた。こうした企画の背景にあるのは、昨年WINDOW 構想としてお話ししたが、大学はただ知識を与える場所であってはならないという考え方だ。
学生にとって、今や大学とは知識を得るところではない。知識はどこでも得られる、インターネットは大学に勝る、と彼らは思っている。だから考える力、自分というものを検証する力、自己決定のできる力、とりわけ、フィールドワークをしてきた私の経験からは危機管理能力を養成しなければならない。そのためには、大学の窓から外の世界へ飛び出していくことも必要だ。
今年度の入学者選抜から始めた特色入試については、定員108名でスタートしたところ、出願者は816 名、合格者は82名、入学者は81名だった。工学部や農学部で志願者が少なかったが、近年進学者のいない高校からの出願も多く、合格者も出ている。また、女子の比率も高く、入学者の多様化に一応の貢献をしたと評価している。探求学習に熱心な学校からの出願も多く、高校の学びを大学の学びに接続するという主旨もよく理解されたと思っている。
また、積極的に様々な活動に取り組んできた出願者も多かったようで、各学部では予め求めていたような学生が獲得できたと考えている。また相対的に、関東地区からの出願も多かったようだ。29年度へ向けては、実施学科の拡大、出願期間の集約、出願要件の緩和を図った。「各種国際科学オリンピック出場など」の文言を、ハードルが高いとの誤解を生むとして改めた学部もある。その他、高等学校に関連することでは、大学院生やポスドクを依頼のあった高校に対し直接派遣し、または京都大学を訪れた際に大学の研究を紹介する「学びのコーディネーター事業」、オモロイ教員が、週末に高校生に特別に講義したり、実験を指導したりするELCAS(グローバルサイエンスキャンパス事業)にも力を入れている。