あらためて入試改革の原点について考えよう
山極:今日お集りの学校にとって、最大の関心事は希望者テストの行処だろう。記述式を入れることで、高校教育の質は本当に変わるのだろうか。
武内:ある高大接続に関するセミナーで、施策を作る側の方が、東京大学、京都大学が個別に出す思考力を問う記述式問題の受験生は2万人程度しかいない。しかし50万人以上が受験するセンター試験に入れれば、大学は記述力、ひいては思考力を見ているというメッセージが広範囲に伝わると言われていた。目から鱗だった。ただ短文記述で思考力を測れるのかという思いもある。
本校について言えば、生徒の多くは記述式のある個別試験を受験するから、センター試験が従来のままであっても何ら変わらない。ただ60%あまりの国立大学の学部が国語、小論文、総合問題のいずれも課さないという現状がある以上、全体を見ている立場からすれば、導入したいのはよくわかる。
山極:おっしゃる通りだが、50数万人のセンター試験受験者のうち、国立大学へ入学するのは約10万人。それ以外は公、私立大学へ進むわけだから、記述式も私立大学が採用してくれなければ意味がない。また記述式を大学側が採点するとなると、私立大学の一般入試の判定には間に合わないから、一部の私立大学以外は採用しないだろう。このままではマジョリティを占める私立大学を目指す生徒への影響は限定的になるのではないかと危機感を抱いている。
杉山:東京大学、京都大学を目指す生徒は論述力もそれなりに鍛えている。やはり考えなければならないのは私大受験層。学力にもバラつきがある。そこにどうインパクトを与えるのか。今言われたように、そこが活用しないことも考えられるから、やはり個別入試、特に上位や志願者の多い大学がそれを変えることが、高校にはインパクトがあると思う。
鈴木:私がずっと疑心暗鬼なのは、私学がそう簡単には動かないと考えるからだ。となると、東京大学、京都大学を目指す生徒にとっては実質的には変わらないのだから、結局何も変わらないのではないか。
山極:逆に高校教育の質を変えるのに、入試改革とは異なる方法があるだろうか。あるいはその必要はそもそもないのだろうか。
鈴木:いや変える必要はある。
山極:大学も教育の質を変える必要がある。今回の改革のポイントは、履修主義から習得主義への転換で、単位取得よりも能力をきちんと身につけさせる方向に動いている。GPA 制度を作って自分の成績をポータブルにし、大学間の流動性を高める。どんな単位を取ったかではなく、どういう能力を身につけたか。これは学び直しをするにも不可欠だ。
CAP 制を導入し、単位をたくさん取りすぎないようにもした。無計画に授業を受けて単位を取ることが、能力を高めることにはつながらないという反省もある。統計では成績のいい学生ほど受講数は少ない。能力を高めるために講義を厳選しているからだ。成績の悪い学生はたくさん受講して半分以上落とし、挫折を味わう。だから履修指導がいるし、京都大学も授業改革を始めている。
高校では、生徒に卒業資格を与える権限は校長先生がお持ちだ。しかし、卒業資格を与える基準について、高校間で合意ができているわけではなく、そこに一定の基準がないことも、今回の改革を促す一因だろう。この点に関して高校側での積極的な取組などあれば聞かせてほしい。
大野:東京都は学力スタンダードを導入して、質保証に取り組んでいる。記述式について一つ考えられるのは、定期試験で徹底的に書かせること。入試で課すとなると課題もあるが、校内で鍛えるのであれば、プラスにこそなれマイナスにはならない。
山極:ありがとうございます。少し話は逸れるが、指定国立大学法人制度が、来年4月から始まる。手を挙げる大学は海外にベンチマークを作ることになっている。一つである必要はないが、文部科学省が想定しているのはアメリカの大学。ビジネスライクに自己資金を増やすというものだ。ドイツの大学をみると授業料は無償で、授業を受ける権利をすべての若者に与えていて、学生の流動性も高い。職業大学と大学とは区別されていて、大学生は大学院へ行く。奨学金制度が充実しているとはいえ、私立中心で授業料の高いアメリカの大学とはずいぶん違う。
私は、日本の大学がどこを目指すべきかを考える際には、高校の先生が生徒にどのような人間になってほしいと考え、どのように教育しているのかについてもよくお聞きする必要があると思っている。入試改革についても同様だ。大学としては高校教育の質的向上に期待しているが、どういう能力を持った生徒を送っていただけるかも含めて、高校生や高校の先生の考えをもっと理解する必要がある。これまでは入試で隔てられていたが、これからは対話を深め、高校からのバトンをしっかり受け取っていかなければならないと考えている。
森上:本日はみなさまありがとうございました。
山極 寿一 先生
1975年3月 京都大学理学部卒業
1977年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了
1980年3月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定
1980年5月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学
1980年6月1日 日本学術振興会奨励研究員
1982年4月1日 京都大学研修員
1983年1月16日 財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー
1988年7月1日 京都大学霊長類研究所助手
1998年1月1日 京都大学大学院理学研究科助教授
2002年7月16日 京都大学大学院理学研究科教授
2009年4月1日 京都大学教育研究評議会評議員(2011年3月31日まで)
2011年4月1日 京都大学大学院理学研究科長・理学部長(2013年3月31日まで)
2012年4月1日 京都大学経営協議会委員(2013年3月31日まで)
2014年10月1日 から現職
東京都立国立高等学校出身