2:偏差値による大学選びについて
山極:自分のやりたいことではなく偏差値で大学・学部を選ぶ学生も多い。予備校の影響もある。過年度生の場合は特にかもしれないが、どう指導されているのかお聞きしたい。
岸田:本校の入学者は3分の2が文化祭、残りの3分の1が部活目当てで入ってくる。
風間:志望理由書には、マグノリア祭(文化祭)での生徒の活発さ、元気の良さに惹かれて、と書かれたものもとても多い。
田山:進路ガイダンスとして、いろいろな大学や卒業生に話しに来てもらっている。また今年卒業した生徒では、2年の冬に学年主任の発案で「志望校宣言」をしたが、学ぶ中身のことをよく考で大学・学部を選ぶよう指導している。3割ほどが浪人し、多くは近くの予備校へ行く。その影響がないとは言えないかもしれないが、この時期から調査書の発行で学校を訪れる。卒業生の多くは、進路指導室に報告に来て相談しているし、学年主任や担任ともよく話しあっているようだ。
杉山:多くの高校は今、キャリア教育に力を入れている。本校でも「学問研究」を実施したり、大学の見学会に行ったり、あるいは様々な分野のゲストを呼んで仕事や職業についても考えさせている。その一環でジョブ・シャドーイングも行っていて、最近ではOBの天野篤医師の協力のもと生徒に大学病院での職業体験をさせていただいた。彼は、勉強の成績がいいから医者になるという考え方はおかしい。また医師は、単に手術が上手なだけでもダメで、人の心を治せなければいけないと考えていて、高校時代に医者の仕事をしっかり体験させようと3日間付ききりで指導してくれた。手術前の患者さんと話すところから始め、手術のすべてと手術後の患者さんの治った様子をトータルで見せて、「君は医者になる覚悟はあるか、ないなら止めなさい」、というように揺さ振りもかけてくれた。自分の学力を睨んで決めることも否定はしないが、基本的には何をしたいのか、社会にどのように貢献するかを考えて進路選択をさせたい。
山極:医学部進学には確かに問題もある。医学部は、実験、実習があり、カリキュラムは国家試験から逆算して作られていてとてもタイト。夏もほとんど休みがないぐらい授業があるから、高校時代からしっかりイメージしておかないと、ついていけないケースも出てくる。本学の医学部では、医師は人の命を預かるのだからと、不適格な生徒を落とすために面接も行っている。
大野:医学部志望者が毎年、10人から20人いるため、医学部ガイダンスをしたり、医師を招いて話をしてもらったりしている。講師のみなさんが最初に話すのは、医師は経済的にはある程度恵まれるかもしれないが、入るのが大変なだけでなく、入ってからも大変だということ。国家試験へ向けての勉強も大変だし、研修医も楽ではない。一人前になっても勉強を怠ると置いていかれる。臨床医なら寝ていても急患で起こされるかもしれない。よほど病気の人を治したい、本人や家族の喜ぶ顔が見たいという情熱がなければ勤まらないと。ただ、保護者の意識は少し違っているから、別に医師や医学部で勉強している卒業生を呼んで話もしてもらっている。今は体験させてくれる病院もかなりある。病院によっては、患者さんの許可をもらって、縫うところを後ろから見せてくれたりもする。
ところで各校とも、入る時から細かな進路まで決まっている生徒ばかりではないと思うが、入試では学科別のところもある京都大学では、入学後の進路変更はどの程度可能だろうか。東京大学には進振りがあってはっきり決まってないからと選ぶこともできるが。
山極:理学部は一括だから問題はない。工学部は学科が決まっているが、転学科という制度もあり、進路変更は可能だ。転学部は、入試での成績が付いて回るので、簡単ではない。総合人間学部には理系、文系があるから、入ってから変わるのはそれほど難しくない。2回生になって他の学部から変わる学生もいる。
森上:何%ぐらい変わるか。
有賀:学年で、1、2%、20~30人だ。
大学入試改革に向けて
山極:海外、特にヨーロッパの大学には、ボローニャプロセスという、入学後に大学を変わることのできる制度がある。学生は各国のスタンダード試験の成績を持っていろいろな大学を渡り歩くことができる。もちろん同じ大学の中でもモビリティは保証されている。日本では大学間、総合大学に至っては学部間に壁があり、それを超えることはそもそも考えられていなかったから、モビリティを高めるのはなかなか容易ではない。
目下議論されている高校の一斉テストも、そもそもの発端、導入の動機は、ヨーロッパやアメリカを見習って、日本にも高校生の学力を客観的に評価する国としての統一試験を設けるべきだというところにある。日本では、高校生の成績を最後に判断する、それぞれの学校の教育の質保証に責任を持つのは校長先生だ。推薦入学などでは、大学はそれを参考にして入学者を選ぶが、高校ごとに基準が違うという問題がある。それを標準化しようというのが今の文部科学省の基本的姿勢だろう。
風間:アメリカと日本は大学の大衆化が起きているから、ヨーロッパと同じようには語れないと思う。日本では、今や高卒者の大半、約80%が大学か専門学校へ進む。ヨーロッパでは10、20%の国もある。アビテュア(独)を、あるいはAレベル(英)を通っていれば大学間を渡り歩けるというのは、社会構造そのものがそうしたことを受け入れることの出来る体制だからこそ可能だと思う。大学さえ出ればという風潮がある日本では、ヨーロッパのようにはいかないのではないか。
山極:フランスもドイツも授業料は国家が保証している。イギリスも最近まではそうだった。そのかわり留学生はとても高い月謝を払わせられる。アメリカは高いが、州立は高い割合で奨学金が出て授業料が免除される。私立にもそうしたところが多い。日本は国立と私立とで国の援助が異なるうえ、私立が75%を占める。そもそも大学のミッションが違うから、モビリティの問題だけでなく、一斉テストの在り方も考えなければならないかもしれない。この点について最後に先生方のご意見をお聞きしたい(続く)。
山極 寿一 先生
1975年3月 京都大学理学部卒業
1977年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了
1980年3月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定
1980年5月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学
1980年6月1日 日本学術振興会奨励研究員
1982年4月1日 京都大学研修員
1983年1月16日 財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー
1988年7月1日 京都大学霊長類研究所助手
1998年1月1日 京都大学大学院理学研究科助教授
2002年7月16日 京都大学大学院理学研究科教授
2009年4月1日 京都大学教育研究評議会評議員(2011年3月31日まで)
2011年4月1日 京都大学大学院理学研究科長・理学部長(2013年3月31日まで)
2012年4月1日 京都大学経営協議会委員(2013年3月31日まで)
2014年10月1日 から現職
東京都立国立高等学校出身
(次号では各校長先生からのご意見を掲載します)