その仕組や全体像、特徴は?
――まず基本的な仕組からご説明ください。
石田:モデルは平成24年にスタートした鹿児島大と山口大の共同獣医学部にあります。たまたま大学時代の友人が、山口大学側の担当ということで話を聞いていました。もちろん獣医学部と教育学部とでは修業年限も定員規模も違いますし、国家試験の有無などによる違いはあります。しかし連携する大学、学部が共同して、弱い科目を遠隔授業で補い合ったり、あるいは新たな課題に対応する共通科目を共同して設け、お互いの教育課程をほぼ同じようにして教育の質を高めようという点は同じです。
平塚:知識をきちっと伝えることを目的とする教養科目や専門科目を、双方で提供し合うのが「斉せいいつ一教育」ですね。それぞれ31単位ずつ出し、どちらの学生も62単位取る。今回の共同教育課程の卒業要件としては相手側大学の授業を2割以上取ることとなっています。「共通教育(科目)」も大きな特徴です。二大学間で単位数やシラバスなどを統一し、同一科目名で開講します。どの教育分野にも当てはまると思うのですが、カリキュラムが必ずしも必要十分なものになっておらず、いまだに教員が自分で教えたいものが大きな位置を占めている場合もある。全く違う組織同士で共通のカリキュラムを作るということは、こうした観点での改善効果もあり、国際的な通用性のある教育を進める上でも効果は大きいと思いますね。
石田:かなりの科目は通信メディアによる遠隔授業で行いますが、鹿児島、山口両大学からは、リアルの授業と遜色のない成果が得られているという報告も出ています。この間、情報技術は着実に進歩し双方向型の授業にも十分耐えられるような臨場感も期待できますし、空間に実像を形成する3Dの空間ディスプレイなどの技術によって、本物に近い臨場感まで味わえるのもSF映画の世界の話ではなくなりつつあります。こうした技術進歩を念頭に置きながら、遠隔講義を前向きにとらえ、ブラッシュアップする必要があると思います。もちろん教育実習や実技科目などはリアルのまま残るでしょうが。
――学生の行き来は?
平塚:実技科目などは対面式の授業が行われますが、その場合は教員の移動を中心とした集中講義を考えており、学生の移動は、新設する合同ゼミ合宿の形をとる「教職特別演習(集団宿泊研修)」だけですね。教育実習の前後(長期休暇中含む)に、赤城と宇都宮の野外実習ができる研修施設で2度行う予定です。
石田:それ以外にも、卒論レベルのゼミ単位で共同ゼミや発表会をするなど、相手校へ出向く機会は出てくるかもしれませんが、正門から正門まで車で1時間半くらいで行き来できるからやりやすい。
――学位は?
石田・平塚:二大学の連名で出します。
――入試について
石田:2020年度入試からは、両大学とも4系13分野という同じ枠組みでの募集になり、一般入試(前期日程)の個別学力検査等は実技教科を除き小論文と面接になります。
2020年、日本初の共同教育学部へ!
得られるもの、目指すところは?
――取組の背景、いきさつ
石田:それを説明する前に、この取り組みが生まれた背景を説明したい。
教育学部については平成13年に「今後の国立の教員養成系大学・学部の在り方について(報告)」が出され、少子化による需給見通しだけでなく、ゼロ免課程の存在や就職率の低さなどが問題とされる中、2004年(平成16年)には島根大学と鳥取大学が統合しました※2。
平塚:同じ頃、われわれは教育学部を軸に埼玉大学との統合を検討していました。結果的には挫折しましたが…。
石田:当時と比べ今は、状況はさらに切迫しています。少子化の進行が止まらず第6期(2034年~)には、宇都宮大学は現在の入学定員170名を、群馬大学は220名を、それぞれざっと100名程度にまで減らさなければならないとも言われている。
平塚:そうなると教科を教える講座も縮小せざるを得ない。しかし県の教育委員会が地元の国立大学の教育学部に寄せる期待はとても大きい。義務教育、中でも中学校教員養成にはすべての教科(10教科)に対応してほしいということです。統合によって補えても、地元の大学から取得できない免許が出てくるのは困ると。実はそれが、埼玉大学との統合が挫折した要因でした。
――地域の教育学部が弱体化せず、シナジー効果も高まる
石田:共同教育学部は、この点をまずクリアできます。地域から教育学部がなくなったり、弱体化したりしないことで、義務教育課程、教員研修体制に対して従来通り責任が持てる。
平塚:しかも二学部分のリソースがあるから、教員を戦略的に配置でき、社会のニーズに応える英語教育、特別支援教育なども拡充できます。
石田:宇都宮大学はこれまで、特別支援学校教諭免許としては3領域(知的障害・肢体不自由・病弱者)しかカバーできていなかったが、聴覚障害を加えた4領域をカバーする群馬大学と共同することで、教員を戦略的に採用し4領域に視覚障がい者を加えた5領域に対応できるようになります。
平塚:ほかにも様々なシナジー効果が期待できますね。
石田:宇都宮大学は小学校教員の養成に力を入れていて、小学校でのリーダーや指導法の提案者となることを目的とする「アドバンスト科目」を設けていますし、分野による縦割り意識に陥らないよう、4年間「一括クラス」で過ごすなどの特色があります。
平塚:中学校教員の育成に力を入れている群馬大学では、1年次から学校現場に触れる授業を行っていて、二大学が共同することでお互いの強みを共有できる。
石田:次期学習指導要領を見据えた教員養成、なかでも英語教育、グローバル教育やICT/プログラミング教育、Society 5.0に対応する先進開発教育のためのForefront先端科目群や、SDGs(Sustainable DevelopmentGoals:持続可能な開発目標)に対応するESD(Education for SustainableDevelopment:持続可能な開発のための教育)も強化できますね。
平塚:総合大学としての強みも発揮しやすい。
石田:宇都宮大学には国際学部があり、多文化共生プログラムや実践的な英語教育が強い。また農学部があり、附属農場・演習林での農林業体験もできますから、食・生命・環境教育をサポートできる。
平塚:群馬大学には数理データ科学教育研究センターがあり、教科におけるICT活用法だけでなく、プログラミング教育もサポートできます。更に医学部がありますので、心や体の健康を支える教育もサポートできるでしょう。
石田:相互の学生交流も楽しみです。「一括クラス」同志、メディアで交流したり、集団宿泊研修(教職特別演習)などを通じて、これまで以上に人間力、協働力を育成して行きたい。
平塚:教職を目指す意欲も醸成でき、結果的に教員採用試験の受験率や合格率も上がると期待しています。まさに教育学部__に求められる教員養成機能の強化と教員養成教育の質の着実な向上が図れると思います。
石田:欲を言えば、100名程度収容できる学生寮が双方にあるといいですね。教育効果はもっと上がると思う。
平塚:同感です。
石田:ゆくゆくは、両県はもとより他地域の私立大学の教員養成課程への授業(コンテンツ)提供も可能にしたいし、地域の教員養成の質をさらに高め、骨太な教員を育てることで初中教育の質向上に対する役割を果たしたい。
――そもそもなぜこの二大学ですか?
平塚:埼玉大学との統合構想以外にも、具体的な連携にはいくつかの実績があります。例えば産学連携の観点からは、埼玉・茨城を入れた「北関東4大学(4U)」で。URA※3の採用、活用では茨城を入れた三大学で。
石田:こうした中で、そもそも宇都宮大学と群馬大学とは、医学部の有無を除けば、部局数や学生定員数などはかなり近く、しかも平塚先生とは10年前の学務担当理事時代からのお付き合いで気心が知れていました。
平塚:二大学とも悩みの本質はほぼ同じでした。そして4年前、お互いに学長になった時点で、教育学部はこのままでは難しい状況に陥るという共通認識に至りました。そこで経営の問題からではなく、地域の教育を支えるという責任感から改革に踏み切ろうと話し合いを始めました。
日本で初の試みとなる共同教育学部に期するものは?
石田:以来、双方の執行部や教育学部のみなさんの協力を得て、ようやくこの春、ここまで漕ぎつけることができました。まだまだ未知数の部分もありますが、後戻りせず、改革を進めたい。
平塚:事前に想定したことだけでなく、やってみるとわかってくることもあるから楽しみです。たとえば「共通科目」を作る際には相互の教員が、同じテーブルにつくわけですが、みなさん喜々としてアイデアを出し合っておられたのが印象的でした。
石田:現在の状況からは、教育学部の改革は待ったなしですが、他の学部も今のままでいいわけではないと思います。「教育の質の保証」をと言われて久しいが、どれだけ進んでいるのか。教育学部は目的が明確な学部だからこそ、負の側面に光が当たりやすかっただけ。平塚先生とは工学教育改革の中で、JABEE認定プログラム※4の導入で一緒に汗を流しました。結果的には企業が取り上げてくれなかったため思うように広がりませんでしたが、教育の質保証、3P※5の明確化などについては、今よりはるかに踏み込んだ議論をしていました。それもあって、今回の改革が、大学教育改革を今一度加速させることにつながってほしいと願っています。
平塚:大学全体の資産を使っての改革ですから、まずはこれまで無関心だった学部が関心を示してくれるとありがたいですね。
石田:他大学とさえ連携するわけだから、学内でするのは当たり前と。
平塚:私は、学部教育においては教育学部ほど重要なものはないと思っています。ここに次世代を担う人材の育成がかかっているからです。大学教育改革を加速させる鍵を、ある意味で教育学部が担えたらとても象徴的ですね。
石田: 日本の高等教育は、このまま放っておくと劣化する一方だと思います。教育学部だけでなく、大学全体のリソースを結集してそれを食い止める必要が遠からず訪れる。それには一法人複数大学制度や大学等連携推進法人の制度運用だけが唯一の方法ではないはず。今回のチャレンジが、そのための選択肢を一つ増やすことにつながってほしと思います。
※2 島根大学の、教育職員免許取得を卒業要件としない学習課程と生活環境福祉課程の定員計100名を鳥取大に移動する一方、鳥取大の教員養成課程の定員70 名を島根大に移動、教員養成に特化した。
※3 University Research Administrator:リサーチ・アドミニストレータ。研究開発内容について一定の理解をもち、研究資金の調達・管理、知財の管理・活用等をマネジメントする人材。
※4 Japan Accreditation Board for Engineering Education(一般社団法人日本技術者教育認定機構による。国際的に通用する技術者の育成を目的に1999年に設立された)
※5 アドミッション、カリキュラム、ディプロマそれぞれについての方針(ポリシー)。
10年来、個人的な信頼関係を築いてこられたお二人。「お互いを蹴落とすのではなく、一緒になってそれぞれの大学の発展を願っていこうというトップ同志の信頼関係も改革推進の原動力だった」と。石田先生が群馬出身、平塚先生が栃木出身で、「出身がお互いにクロスしているのも何かの縁かもしれない」とも。
群馬大学長 平塚 浩士先生(写真左)
Profile
昭和20年(1945年)1月13日生まれ。昭和42年 群馬大学工学部卒。昭和44年東京工業大学大学院修士課程修了、昭和47年同博士課程修了(理学博士)。昭和47年 6月東京工業大学助手(理学部)1992年群馬大学教授(工学部)。同工学部応用化学科長(~平成8年3月)、工学部応用化学科長(~平成19年3月)群馬大学教授(大学院工学研究科)、国立大学法人群馬大学理事(企画・教学担当)・副学長国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、2015年4月から現職。専門分野は機能物質化学、物理化学(光化学)。栃木県立足利高等学校出身。
宇都宮大学長 石田 朋靖先生(写真右)
Profile
昭和30年2月6日生まれ。1978年東京大学 農学部 農業工学科卒。1984年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。1983年8月山形大学農学部助手。1991年4月同助教授。1992年4月宇都宮大学農学部助教授。2000年9月同教授。2005年12月国立大学法人宇都宮大学評議員(兼務)(平成20年3月まで)2008年4月国立大学法人宇都宮大学農学部長(兼務)(平成21年3月まで)2009年4月国立大学法人宇都宮大学理事(平成27年3月まで)2015年4月から現職。群馬県立高崎高等学校出身。