歴史から学び、自分の情報を持て

イノベーションを起こすのにまず欠かせないのは、当たり前のことですが、自分の得意とする知識・技術を身につけておくことです。私は大学で化学を学び、それを生かして企業の研究室に就職しました。主に取り組んでいたのは炭素系の材料研究です。偶然や運、ノーベル賞を取られた方がよく言われるセレンディピティ※4も必要です。

私はそれまで負極に使われていたLiCoO2を正極に、そして負極に炭素素材を使うことで成功しましたが、この時の素材は、たまたま別の研究室が開発したばかりのものだったのです。もし私が化学メーカーで研究していなかったら、そしてあの時、別の研究室であの素材が開発されていなかったら、きっと今頃はもう少し違った設計の二次電池が、世界中で使われていたかもしれません。

イノベーションを起こすのにもう一つ欠かせないのが、未来からの信号をキャッチすることです。未来の社会はどんな姿をしているのか。あるいはどんな社会であったらいいのか。未来とコミュニケーションを図ることと言ってもいいかもしれません。そのためには過去のこと、歴史についてもよく知っておく必要があります。私は大学へ入って1、2年の間、何か専門以外のことを身につけようと、考古学研究会に入り遺跡や廃寺の調査、発掘に没頭しました。考古学や歴史は、歴史は繰り返すということを教えてくれます。人は案外、5、6年前のことでも思い出せないものです。あらためて、過去の出来事を振り返ってみることからも、未来とのコミュニケーションは始められるのです。

現代は情報が溢れている社会です。それらを鵜呑みにしていては、ただ流されるだけで、新しいこと、人が考えないようなことを考えたり、生み出したりすることはできません。過去を振り返り、それを今の出来事と照らし合わせて自分なりの《情報》を作ることが、今は特に大事です。

自分で作ったアンテナでなければ、未来からのかすかな信号を捉えることなどとてもできないのです。

※4:何かをうまく見つけ出す才能、能力から、あるものを探している過程で、たまたまそれよりも役に立つものを見つけることに譬えられる。

 

旭化成名誉フェロー 工学博士
吉野 彰先生
1948年大阪府生まれ。70年京都大学工学部石油化学科卒業。72年同大学大学院工学研究科修士課程修了後、旭化成工業株式会社(現:旭化成株式会社)入社。イオン二次電池事業推進室長、電池材料開発室長などを経て、2003年10月より旭化成フェロー。化学技術賞((社)日本化学会)、紫綬褒章など受賞多数。大阪府立北野高等学校出身。

※大学ジャーナル vol.96 2011年10月25日号より抜粋

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大学ジャーナルオンライン編集部

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