STEAMのAはArtsのA、遊びのA?
西村:「A」を、音楽・絵画などの芸術と狭く解釈するとどうでしょうか。経済活動においてはアート経済などの表現もあって、デジタルプラットフォームが整備されていく中では、仕事のスタイルも働き方も変わってくる。中島さんの言うようにみんながアーティスト、あるいはデザイナーのように仕事ができるかもしれない。またイノベーションの創出、アントレプレナー育成などの観点からは、アート思考がまず重要で次にデザイン思考も求められる。特にアートは、全く新しい視点をわれわれに提供してくれるという意味で、社会・経済の変革やイノベーションの源泉になる。
杉本:教育においては、少し専門的な言い方をすると《機能》ではなく《構造》の変容を促すのにアートの視点がいると思います。長年、学校教育を見ていて思うのは、変わらないこと。今回のコロナ禍も、変化するための絶好の機会だったのに、現場の多くは何とか現状維持しようとしている。しかしコロナ禍を経験した今だからこそ、多くの課題を解決するために学校の構造自体を変える必要がある。西村先生は、自己決定を阻むものとして≪しがらみ≫の存在を挙げておられます【注6】が、なかなかそこから≪逸脱≫できない。
そもそもデジタル社会が進化した今、知識を得る方法は学校以外にいくらでもある。そういう意味から、私は音・美・体こそ学校教育の中心にすべきと考えています。アートと言い換えてもいい。音・美・体には《遊び》の要素が強く、正解がなく、それ自体が自己目的的で、フロー体験(没入感)などを通じて自己決定力、さらにはレジリエンスなどを育てやすい。
西村:たしかに遊びは大事ですね。アートでもスポーツでも、勉強でもそうですが、楽しんで、遊びながらやっていく過程が最も成長を促すと言われています。
杉本:近年はその遊びが減ったこと、子どもたちがどんどん遊べなくなっていることが問題です。“かくれんぼ”だけではない。ただ、私はいわゆるゲームは遊びではないと考えています。それは、誰かが作ったルールで遊ばされているだけで、プレーヤーはルール(構造)を変えられないから。子どもはみんなが楽しく遊べるように、ルールを変更することで、創造性、クリエイティビティ―が育つ。
西村:あらゆる訓練法の中で優れているのが《遊ぶようにする》ことですからね。ただ、それがわかっている指導者は少ないかもしれません。学校では教える内容はもとより、教え方そのものの変革がいるのではないでしょうか?
杉本:OECDは2015年からEducation2030プロジェクトをスタートさせましたが、その成果の一つが、2019年に日本でも仮訳が出た「OECDラーニングコンパス2030」。ここでは生徒が授業を受動的に受ける《産業形態としての学校教育》を根本的に見直し、子どもたちには新たな価値を創造する力、対立やジレンマを克服する力、責任ある行動をとる力などを身につけてほしいとしています。19世紀、20世紀を通じて学校教育の目的は、産業社会を支え、発展させる人材の育成、つまり社会の要請に応えようというものだったが、これからは未来を創造できる、不確実な未来を切り拓くことのできる人材育成に転換しなければならないと。そのためには、学びは学習者中心(主体的なもの)で、音・美・体のようにプレイフルでワクワク感に満ちたものでなければならない。それが個人のウエルビーイング、社会のウエルビーイングをもたらし、SDGsの達成にもつながると。
その意味では、STEMにAが入ったことで、これからの社会を創っていく教育になっていくのではないか。また学校教育に閉じないSTEAM教育にはその可能性を感じます。
西村:STEAMと言うまでもなく、やはり高校時代までは、将来の選択肢を減らさないためにも幅広く学んでほしい。2002年から、大学入試で数学を選択した人の方が、非選択者より、社会へ出てからの収入が高いという調査結果を発表してきました【注7 】が、これは、早目に数学を捨てて受験科目を絞り込むことは将来の不利益につながるとも解釈できる。
大事なことは、「個に応じたSTEAM教育」を目指すことです。確かに広く学ぶことは発想の基をつくることにつながりますが、かといってすべてが得意になる必要はない。広く学ぶ中で、得意なことを発見して深めていく。そして、自分の性格を含めて、個性を自覚していく。公教育がその方向に向かっていけるのならいいのですが、今の学校、教員、入試制度でそれをいかしていけるかは疑問です。民間の教育機関がそれを先取りして、「個に応じたSTEAM教育」を提供していくことで、公教育も変わらざるをえなくする方が早いのではないかとも思っています。実は2013年から、大阪市で教育委員、その後は顧問として教育に関わっていますが、ここでは、規範意識と学力をコアとする、全人的な「個に応じたSTEAM教育」を目指しています。
【注6】 「自己決定できない人は・・・自分が何に縛られているのかに気づいていないと思います。
キャリアに主体性、オーナーシップを持つには、自分を縛るものを失うことが第一歩。本業以外の世界を持てば、それまで気づかなかった本業でのしがらみが見えてきます」(東洋経済オンライン2020.7.15[コロナ後キャリアは自分で決めるが鍵な理由]より)
【注7】 浦坂純子、西村和雄、平田純一、八木匡「数学学習と大学教育・所得・昇進」日本経済研究46, 2002年(日本経済研究センター)その他。
解説 STEAM教育とは?
「令和の日本型学校教育」の構築を目指して
~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)(令和3年1月26日中央教育審議会)より
○…STEAM教育については、国際的に見ても、各国で定義が様々であり、STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)に加わったAの範囲をデザインや感性などと狭く捉えるものや、芸術、文化、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲(Liberal Arts)で定義するものもある。
STEAM教育の目的には、人材育成の側面と、STEAMを構成する各分野が複雑に関係する現代社会に生きる市民の育成の側面がある。各教科等の知識・技能等を活用することを通じた問題解決を行うものであることから、課題の選択
や進め方によっては生徒の強力な学ぶ動機付けにもなる。(中略)
このためSTEAMの各分野が複雑に関係する現代社会に生きる市民として必要となる資質・能力の育成を志向するSTEAM教育の側面に着目し、STEAMのAの範囲を芸術、文化のみならず、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲(Liberal Arts) で定義し、推進することが重要である。
(中略)
○高等学校においては、新学習指導要領に新たに位置付けられた「総合的な探究の時間」や「理数探究」が、・実生活、実社会における複雑な文脈の中に存在する事象などを対象として教科等横断的な課題を設定する点・課題の解決に際して、各教科等で学んだことを統合的に働かせながら、探究のプロセスを展開する点
などSTEAM教育がねらいとするところと多くの共通点があり、各高等学校において、これらの科目等を中心としてSTEAM教育に取り組むことが期待される。(以下略)
経済学者
西村 和雄 先生
神戸大学計算社会科学研究センター特命教授。
1 9 7 0 年東京大学卒業。1 9 7 6 年米国ロチェスター大学P h . D . 専攻は数理経済学 複雑系経済学。2012年紫綬褒章。87年より京都大学経済研究所。2 0 10 年から同特任教授、2013年現職。1992年からEconometric Society、Fellow。2015年からInternational Engineering and TechnologyInstitute,Distinguished Fellow。日本学士院会員。著書は『世界一かんたんな 済学入門』(講談社)、『ミクロ経済学入門(第2版)』(岩波書店)など多数。市立札幌旭丘高等学校出身。
(一般社団法人)子ども未来・スポーツ社会文化研
究所所長・代表理事
1975年:京都教育大学教育学部卒業。
1978年:筑波大学大学院修士課程修了。
1978年:広島大学総合科学部助手。
1986年:京都教育大学教育学部助教授。
1996年:同教育学部教授。
2000年:イェール大学・ロンドン大学客員研究員
2010年:関西大学人間健康学部教授。
2012年:同学生センター副所長。
2014年:同大学院人間健康研究科教授。
博士(学術)筑波大学。
2020年から現職。京都教育大学名誉教授、関西大
学名誉教授。専門は子ども社会学、教育学、スポ―
ツ社会学。大阪府立清水谷高等学校出身。
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