Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220110
原文:Nature (2021-11-08) | doi: 10.1038/d41586-021-03025-0
How protein-based COVID vaccines could change the pandemic
Elie Dolgin

 

ノババックス社をはじめとするバイオテクノロジー企業が開発したタンパク質ワクチンが、間もなく登場する。多くの長所があると科学者たちは言う。

現在、日本や米国で使われているCOVID-19のワクチンは、開発スピードで利のあるmRNAワクチンやウイルスベクターワクチンである。今後、開発スピードは劣るが、他の感染症でも使用されているタンパク質ワクチンの製造が増えてくるであろう。
carmengabriela/iStock Editorial / Getty

Pamela Sherryは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防接種を受けたいと思っている。だが、先延ばしにしてきた。

「ワクチンには効果があると信じています。予防はしたいのです」と彼女は言う。しかし、アレルギー反応を起こしやすい体質で、循環器病も患っているので、米国で使われているメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンやウイルスベクターワクチンの接種に不安を感じている。これらのワクチンは、ほとんどの人にとっては安全だが、ごく稀に心筋炎や血栓症などの重篤な副反応を引き起こす可能性がある(2021年10月号「COVIDワクチンと血栓症:これまでに分かったこと」、2021年8月号「COVIDワクチン接種開始から半年、ワクチンについて分かったこと」参照)。

そのため、彼女はワクチンの選択肢が増えるのを待っているのだ。特に期待しているのは、ウイルスのタンパク質を精製して作られるワクチンである。比較的新しい技術を使って製造されているmRNAワクチンやウイルスベクターワクチンとは異なり、タンパク質ワクチンは肝炎や帯状疱疹などのウイルス感染症から人々を守るために、何十年も前から使われてきた歴史がある。タンパク質ワクチンは、細胞にウイルスタンパク質を合成させるために必要な遺伝子断片を投与するのではなく、ウイルスタンパク質そのものをアジュバントと呼ばれる免疫賦活剤と共に直接投与することで、防御的な免疫応答を引き起こすことができる(2020年6月号「コロナウイルスワクチンの開発レース」参照)。

COVID-19に対するタンパク質ワクチンはまだ普及していないが、後期臨床試験のデータでは副反応が少なく強力な防御効果のあることが示されており、有望視されている。米国テキサス州プロスパーの自宅で文房具のネット販売の仕事をしているSherryは、「そんなワクチンができたら、すぐにでも接種したいです」と話す。

Sherryは間もなく接種を受けられることになりそうだ。バイオテクノロジー企業ノババックス社(米国メリーランド州ゲイザースバーグ)の幹部によれば、品質管理上の問題と製造の遅れのために予定より数カ月遅くなったが、年内にもタンパク質ワクチンの承認申請書を米国の医薬品規制当局に提出する準備がようやく整ったという。アジアのワクチンメーカー2社、クローバー・バイオファーマシューティカルズ社(中国・成都;以下、クローバー社)とバイオロジカルE社(インド・ハイデラバード)も、今後数週間ないし数カ月以内に各国の規制当局に承認申請する予定とのことだ。

既に、キューバや台湾のようないくつかの国々では、国産のタンパク質ワクチンを使った予防接種が進められている。今後、タンパク質ワクチンが広く使えるようになれば、Sherryのように接種をためらっている人々の不安は和らぎ、ブースター接種(追加接種)にも使えるようになり、世界的なパンデミックへの対応の空白を埋めるのに役立つ可能性がある。

感染症流行対策イノベーション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations;CEPI)は、現在開発中の5種類のタンパク質ワクチンに10億ドル以上を出資してきた。CEPIでワクチン開発プログラムと革新的技術開発の責任者を務めるNick Jacksonは、「タンパク質ワクチンはCOVID-19の予防接種に新時代をもたらすでしょう」と話す。
 

本質的に時間がかかる

パンデミック対策の初期段階から、タンパク質ワクチンの開発は、他の技術によるワクチンの開発よりも立ち上げが遅れるだろうと研究者たちは予想していた。

遺伝子組換え技術を用いて、哺乳類、昆虫、微生物の細胞に大量の精製タンパク質を作らせる方法は分かっている。ただ、そのプロセスには多くの工程があり、それぞれの工程を目的のタンパク質に合わせて最適化しなければならない。ワクチンメーカーの元幹部で、現在はワクチン開発に関するコンサルティングを行っているChristian Mandlは、「本質的に時間がかかるプロセスなのです」と言う。現在開発中のタンパク質ワクチンのほとんどは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を元に作られている(図「タンパク質ワクチンの基礎」参照)。
 

タンパク質ワクチンの基礎
COVID-19に対するタンパク質ワクチンの製剤化には、可溶性タンパク質を使う方法や、ナノ粒子に結合させたタンパク質を使う方法など多くの方法がある。タンパク質ワクチンの多くはコロナウイルスのスパイクタンパク質を元に作られているが、受容体結合ドメインと呼ばれるスパイクタンパク質の中でも重要な領域だけを使ったワクチンもある。

ノババックス社とクローバー社が実施した大規模試験では、既に有効性のあるデータが得られている。2021年10月に公開された査読前論文によれば、感染力の強いデルタ変異株がまだ流行していない2021年の初めに実施された3万人規模の試験ではあるが、ノババックス社のタンパク質ワクチンは90%以上のCOVID-19発症予防効果を示したという(L. M. Dunkle et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/g5w9; 2021)。

一方、クローバー社のタンパク質ワクチンでは、COVID-19発症予防効果(重症度は考慮していない)は67%にとどまると報告されている。ただし、このように低い値となったのは、デルタ株を含む感染力の強い変異株の流行後に試験が実施されたためだと考えられる。いずれのワクチンでも、今回のパンデミックで最も有効性が高いとされるmRNAワクチンと同等の抗体レベルが得られた。

クローバー社のワクチンに添加されているアジュバントの製造元であるダイナバックス・テクノロジー社(米国カリフォルニア州エメリービル)の最高経営責任者Ryan Spencerは、臨床試験の結果から明らかなことは、「COVID-19に対するタンパク質ワクチンは、開発に時間がかかったからといって、質の低いアプローチだとはいえないということです」と話す。

タンパク質ワクチンは安全性も高いようだ。現在、世界中で臨床試験が行われている50種類以上のタンパク質ワクチンの中に、重篤な副反応を引き起こしたものはない。mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンによく見られる頭痛、発熱、吐き気、悪寒のような副反応も、タンパク質ワクチンでは非常に頻度が低いことが分かっている。ノババックス社のワクチンの試験を共同で担当したノースカロライナ大学チャペルヒル校医学部の感染症内科医Cindy Gayは、「多くの人たちの不安が軽減されるのではないでしょうか」と話す。

だが、ある1つのタンパク質ワクチンの有効性が確認されて広く使用されるようになったとしても、全てのタンパク質ワクチンがそうであるとは限らない。

その理由の1つには、ワクチンによってスパイクタンパク質の利用形態が大きく異なることが挙げられる。1種類のスパイクタンパク質しか使っていないワクチンもあれば、3種類を組み合わせて使っているものもあるのだ。また、スパイクタンパク質の全長を使っているワクチンもあれば、断片のみを使っているものもある。

さらに、製造に使われる細胞もワクチンによって異なる。ノババックス社や大手製薬企業のサノフィ社、グラクソ・スミスクライン(GSK)社のワクチンでは、ツマジロクサヨトウ(Spodoptera frugiperda)と呼ばれるガの細胞を使ってタンパク質を合成しているが、クローバー社やメディゲン・ワクチン・バイオロジクス(高端疫苗生物製剤;台湾・台北)社のワクチンでは、治療用抗体の生産によく利用されるチャイニーズハムスターの卵巣細胞を使っている。それに加えて、添加されるアジュバントもワクチンによって異なり、それぞれ独自の方法で免疫系を刺激するため、ワクチンに対する反応も異なってくる。

GSK社の最高グローバルヘルス責任者であるThomas Breuerは、これら全ての要因が、ワクチンごとに異なる有効性と安全性のプロファイルにつながる可能性があると話す。「違いが生じることは容易に想像できますが、具体的にどのような違いになるのかは第Ⅲ相試験の結果と実際の使用経験から分かってくるでしょう」。

人口の大部分が既にワクチン接種を済ませている富裕国では、これらの結果がブースター接種計画に影響してくる可能性がある。現在はブースターとしてmRNAワクチンが使われることが多いが、タンパク質ワクチンが使えるようになれば、忍容性の点からそちらを希望する人が増えるかもしれない。
 

不公平の解消

タンパク質ワクチンが承認されれば、低所得国でワクチン接種を進める上で障害となっている供給不足を迅速に解消できると期待されている。例えば、ノババックス社とクローバー社は、世界中にワクチンを公平に分配するための枠組みであるCOVAXに、2022年中にそれぞれ数億回分のタンパク質ワクチンを無償で供与することを約束している。

グローバルヘルスを専門とする研究者たちは、COVID-19ワクチンの公平な分配を実現するためには、開発途上国でも自国内でワクチンを製造できるようにする必要があると主張している。そのためには開発途上国の製造業者がすぐに導入できるようなシンプルでコストのかからない生産システムを、より多くの研究者が検討すべきだと、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の化学工学者Christopher Loveは指摘する。

バイオロジカルE社では、ベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)からライセンスを受けたワクチンの製造に、酵母を使ったシステムを利用している。このワクチンの開発に携わったベイラー医科大学のウイルス学者Maria Elena Bottazziによれば、現在既に承認されている、あるいは承認間近なCOVID-19ワクチンの中で、このワクチンが「おそらく最も容易かつ安価」に製造できるという。

ワクチン業界に長く携わってきたクローバー社の科学顧問を務めるRalf Clemensは、COVID-19のパンデミックの初期段階では、mRNAワクチンのようなワクチンにはスピードという強みがあったと話す。だが、これから登場してくるタンパク質ワクチンには、より多くの長所があると彼は言う。「COVID-19から世界を守るためのワクチンは、最終的にはタンパク質ワクチンが主流になると思います」。
 

(翻訳:藤山与一)

 
※この記事は「Nature ダイジェスト」から転載しています。
転載元:Natureダイジェスト2022年1号
タンパク質ワクチンがCOVID-19のパンデミックを収束させるか?
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220110
 

Nature Japan

ネイチャー・ジャパン株式会社は、研究、教育、専門領域において世界をリードする出版社であるシュプリンガー・ネイチャーの一部です。1987年5月の設立以来、ネイチャー・ジャパン株式会社は、科学誌Nature の日本印刷や科学に関するプレスリリースの配信、学術ジャーナルや書籍の販売およびマーケティングなど、出版活動に関わる業務全般を執り行っています。また、大学、研究機関、政府機関や企業のパートナーとして、各機関の特徴を打ち出すためのカスタム出版やメディア制作、ブランディングや研究活動を世界に向けて発信するための広告やスポンサーシップサービスを提供しています。アジア太平洋地域の主要な拠点の1つとして、国内はもちろん、シンガポール、韓国、東南アジア、オセアニア、インドに向けて幅広い事業活動を展開しています。