東京大学が7月15日に2025(令和7)年度入試の出題教科・科目を公表し、新課程入試における東京大学の個別試験の国語、数学、地歴公民などの出題科目・範囲が判明しました。予想された通りの科目もあれば当初予想とはやや異なる部分もありました。これに先立つ5月20日に公表した大阪大学や7月22日公表の筑波大学、9月16日公表の北海道大学の出題教科・科目を参考にして、他大学も早々に決定して公表するものと見られていましたが、現状では特に私立の有力大学で公表の動きが遅いようです(2022年10月11日現在)。過年度生への経過措置を含めて慎重になっているものと考えられます。確かに既公表大学の一部の教科・科目は、高校における履修の現状を認識しているとは思えない設定もあります。これから公表する、検討中の大学においては十分な配慮を期待したいところです。

 

 

国公立大学で公表が進むが私立大学は検討中が多い

高校の学習指導要領が改訂されて初めての大学入試となる2025(令和7)年度入試は、いわゆる新課程入試となります。現在の高校1年生が新課程入試の最初の対象学年となりますが、各大学の出題教科・科目の公表が国公立大学を中心に進んでいます。河合塾の大学入試情報サイトKei-netには、各大学の公表状況のリンク集が掲載されており、日々更新されていますので参考になります。

新課程入試 大学公表資料リンク集
https://www.keinet.ne.jp/exam/2025/anouncement/index.html

これを見ると国公立大学ではそれなりに公表が進んでいるものの、私立大学の特に志願者数が多い有力な大学は、まだほとんどが未公表の状態であることが分かります。文部科学省の通知では2022年度中に公表することになっていますので、2023年3月末までに公表すればルール通りではあるのです。

ただ、国公立大学も大学入学共通テストで課す教科・科目は公表しているものの、個別試験の教科・科目はまだこれからという大学も少なくはありません。各大学が慎重に検討しているためだと思います。一般的には、現行の入試で課している教科・科目を新課程の教科・科目にそのまま読み替えるだけなのですが、新課程入試と言っても、それ以前の教育課程で学んだ高卒生などの過年度生も受験します。公平性の観点から、こうした受験生への配慮や経過措置は欠かせないため、大学としては慎重にならざるを得ないのでしょう。

 

既に公表している有力大学の出題科目や範囲を見ると・・・

新課程入試における出題教科・科目には、いくつかのポイントがあります。最も注目されているのは、新設された教科・科目「情報Ⅰ」の扱いですが、大学入学共通テストで出題されることは決定しており、国立大学は原則必受験となることも決まっています。ただ、個別試験で出題する大学は、私立大学を含めてもほとんど無いと見られます。教科「情報」は受験科目としてはそもそもマイナーな存在ですので、ここでは国語、数学、地歴公民について、他大学の出題教科・科目に影響を与えそうな有力大学の状況を見ていきます<表>。なお、私立大学では学習院大学が詳細を公表している数少ない大学ですので表に掲載しています。

まず国語です。大学入学共通テストでは必履修科目である「現代の国語」と「言語文化」が出題科目となっています。そのため、ほとんどの大学は出題科目としています。また、多くの高校が「古典探究」を履修する予定ですので、古文・漢文を入試科目として課したい大学は出題科目としています。注目されていた「論理国語」と「文学国語」ですが、多くの大学は両科目を出題科目にしています。高校側でも大学入試を考えれば、両科目の設置が必要だと認識されていましたが、授業時間数の制約があることから当初は「論理国語」か「文学国語」のどちらかしか履修できないものと見られていました。

 

 

現実には進学校は標準単位数よりも単位数(授業時間数)を減らすなどして、両科目を履修できる時間割を組むところもあって、高校現場では入試にしっかり対応していると言えます。ただ、「文学国語」の履修を予定していない高校も少なからずありますので、そうした高校から見れば大学側にはもっと高校の現状を理解してもらいたいと考えるでしょう。また、大学によっては、国語の全科目を出題科目としていますが、選択科目として全科目を設置する高校はあっても、現実には全科目を履修するという高校は無いでしょう。その観点で言えば、大阪大学が「現代の国語」と「言語文化」のみを出題科目としているのは、受験生へのメッセージとして明快です。

 

数学Bの範囲は「統計的な推測」で違いが見られる

 数学は、いわゆる文系数学と理系数学に分けて見ていますが、ここでは数学Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは省略して、数学A、B、Cの出題範囲だけを掲載しています。ほとんどの大学が現行科目を新課程科目に読み替えた形ですが、数学B「統計的な推測」を出題範囲とするかどうかで大学間の違いが見られます。

 

 

 大学入学共通テストでは、「数学A」は「図形の性質、場合の数と確率」を出題範囲としています。そして、「数学B」は「数列、統計的な推測」、「数学C」は「ベクトル、平面上の曲線と複素数平面」の合わせて4つの単元に対応した選択問題が出題され、受験生はこの中から3問を選択解答することになっています。そのため、文系数学として受験する生徒の多くは「数学B」から「数列、統計的な推測」、「数学C」から「ベクトル」の問題を選択受験すると見られます。その点では個別試験の「数学B」で「統計的な推測」を出題範囲とすることは一般的な課し方と言えます。そこでの大学にとっての課題は、「統計的な推測」の入試問題をどの程度の難易度で作問すれば良いかという点になります。そのため、作問に自信が持てない場合は、出題範囲としていても実際には出題しない大学も出てくることも予想されます。

 なお、「数学A」を「全範囲」としている大学もありますが、恐らく全範囲を履修する高校はほとんど無いでしょう。「数学A」は「図形の性質、 場合の数と確率、 数学と人間の活動」の3つの単元で構成されていますが、標準単位数が2単位ですので、このうち「数学と人間の活動」はほとんどの高校で扱われないと見られます。そのため、「全範囲」という課し方は高校の現実とは少々距離があるという印象を受けます。

 

歴史総合、地理総合を出題科目とするかどうか

地歴公民では、新設科目の「歴史総合」、「地理総合」を出題科目とするかどうかがポイントになります。大学入学共通テストでは、「地理歴史」の出題科目を「歴史総合、日本史探究」、「歴史総合、世界史探究」、「地理総合、地理探究」としています。また、「公民」の出題科目は「公共、倫理」、「公共、政治・経済」です。

 

 

そのため、地歴の出題科目を「歴史総合、日本史探究」、「歴史総合、世界史探究」、「地理総合、地理探究」としている大学が多くなりそうです。ただ、ここで大切なことは、高卒生などの過年度生への配慮です。過年度生は新課程科目である「歴史総合」、「地理総合」、「公共」は、当然ながら高校等で学んでいません。未知の科目です。自身が履修していない科目が必受験科目として出題されるのは不安でしかありません。大学入学共通テストでは、過年度生が履修してきた科目(日本史B、世界史B、地理B等)を別問題として用意してくれます。さらに新課程科目との平均点差が一定以上の場合は、得点調整を行うなど最大限の配慮をしています。ただ、個別大学でそこまで対応できる大学はほぼありません。その点では、東京大学や筑波大学が「歴史総合」、「地理総合」を出題科目としていないのは、過年度生等に対して非常に思慮深い科目設定となっています。

入試科目の設定は、自大学で作問可能かどうかの制約が実は最も重要なポイントになりますが、高校現場や過年度生の現状へも眼差しを向けてもらいたいところです。

 

 

神戸 悟(教育ジャーナリスト)

教育ジャーナリスト/大学入試ライター・リサーチャー
1985年、河合塾入職後、20年以上にわたり、大学入試情報の収集・発信業務に従事、月刊誌「Guideline」の編集も担当。
2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。
2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務め、日本経済新聞、毎日新聞系の媒体などにも寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学の様々な課題を支援するコンサルティングを行っている。KEIアドバンス(河合塾グループ)で入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行なっている。
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