文部科学省の「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業(COC+R)」、令和4年度の全国シンポジウムが、2023年2月4日(土)信州大学松本キャンパスで開催されました。シンポジウムのテーマは「個の学び」から「共創の学び」へ。サブテーマは「持続可能な地域社会の実現に向け、学び続ける「場」として地方大学が挑戦すべきもの」を掲げ、基調講演と切り口がそれぞれ異なるテーマに沿ったパネルディスカッションを通じ、考察と議論が繰り広げられました。そのレポートをお届けします。
事業の中間年度、将来の自走化を見据えるフェーズに
コロナ禍により昨年度まではオンラインのみの開催だった全国シンポジウムですが、今年は行動制限の緩和により、信州大学にて対面での開催が復活。会場とWebを合わせ600名以上の聴衆を集めました。
まず、信州大学の中村宗一郎学長による開会あいさつが行われ、地域を元気に豊かにするには広域での共創、そして産学官連携による共創が重要であると説明。目の前に立ちはだかる難題に向かうため、このシンポジウムが大きく貢献できるのではと結びました。
次に、来賓として長野県経営者協会会長でセイコーエプソン(株)取締役会長の碓井稔氏が登壇。脱炭素社会のためには自然と共に産業を育み、多様性の実現と東京一極集中の解消が必要である。それはこの信州から実現していこうと、エールを込めて語りました。
また、文部科学省の総合教育政策局の神山弘課長がCOC+Rの推移と中間評価について説明し、今回のテーマをさらに深めていくために「共創」が持続可能な地域社会実現の鍵となることを語りました。そして、信州大学特任教授の矢野俊介氏が、これからは教育プログラムの自走化を見据えるフェーズに入る、とシンポジウムの趣旨とプログラムを説明して締めくくりました。
3氏による講演で「学び」について議論を深める
あいさつに続いては、講演が行われました。今回は3人の講演者が登壇。それぞれのテーマに沿った話を熱く繰り広げました。
1人目は、(株)ブレインパッド代表取締役社長の高橋隆史氏。企業が変わるために学ぶ、というテーマで話しました。「変化を追う者と変化を生み出すものの評価の差」を挙げ、自動車会社、人工衛星、AIの浸透による変化、それらを知ることの意義と、どう変わらなければいけないかを、各国のデータを提示しながら解説。
そして日本の国際競争力が低下した理由を、インターネット、特にICTへの投資が不十分だったと指摘しました。ネットで完結するビジネスの未来に対応できなかった旧態依然の企業が、生産性の低さや成長の鈍さにつながったことを指摘。そこで、何より必要なのは経営者の勉強であること、ひいてはリーダーが変わらないと企業は変わらない。
稼ぐ能力が低い会社は、優秀な人材を東京に引っ張られてしまう。しかし、地方企業がこれらを好転させて生産性を高めれば、地元で働く人を採ることができると続けました。小さい会社こそ経営転換しやすいので、チャンスは同時に広がっているし、グローバルな仕事にも直結していくだろうと結びました。
2人目は、「これからの地域に必要な人材の学び」というテーマで、(株)Asian Bridge取締役で(一社)転勤ラボ会長理事の松田悠(はるか)氏が講演。自らの経歴として、小売業での社会貢献体験、NPO法人での活動、そして転勤族のキャリア形成を支援する一般社団法人を立ち上げて、IT会社でその仕組み化をしている経緯を語りました。特に、ITによる転勤族のモヤモヤ解消に可能性を見出し、地方に必要なクラウドサービスなどのIT導入を進めるために金沢や富山にも拠点を開設。そして金沢大学の共創型観光産業展開プログラムで研究を体験し、地方企業の悩みを汲み上げソリューションに導きました。また、社会人インターンシップのサービスを開始し、SNS等を活用してその展開や浸透を図っています。転勤族の妻たちの雇用確保だけでなく、例えばスポーツ選手のセカンドキャリアを形成するなどの取組も広げていっていることを話しました。
そして3人目の講演者はリクルート進学総研所長でリクルート「カレッジマネジメント」編集長の小林浩氏が登壇。「これからの地域に必要な『大学の学び』」をテーマに、自身の専門フィールドからの知見に基づいた内容で講演を行いました。リクルートがまだベンチャーのようだった時代に入社し、そこでマーケティングを学んでから経済同友会へ出向。そこで教育の政策提言を担当したことが今に至る転機だったと話します。それまでなかったデータに基づいた進学関連の情報を発信することも行いました。そして今回のテーマである、大学を取り巻く環境には人口動態、産業構造や就業構造の変化、それに伴う政策動向の、3つのファクターがあると指摘。それぞれの課題や問題、それらを解決するには、という掘り下げを各種の事例を引きながら解説しました。
地元就職率を上げるための因果モデル構築を報告
講演の次に、地元就職を考えるための「因果モデル」について、信州大学キャリア教育サポートセンターの西尾章子助教が報告。令和3年度の因果モデルは、企業・大学・学生という3つの因子を抽出し、さらに分類して実際のイベントや試みとの因果関係を探るというもの。令和4年度では、3つの因子はそのままに、地域の中小企業経営者、COC+R採択校の大学関係者、地域企業に就職した学生へのヒアリングを実施し、それぞれの問題点からあるべき姿を導き出しました。そして、3つの因子は独立しているのではなく、結局のところつながっていることが見えてきました。このシンポジウムのテーマ「共創」は、個の学びを「みんなで学ぶ」への昇華であるということが改めてわかったと言います。地元への就職を「出口」とすると、地域への愛着とヒトとの繋がりがやはり欠かせないわけです。
「共創の学び」をどう実践し自走化させるか──2つのパネルディスカッション開催
次に開催されたのはパネルディスカッション。ここでは2つのテーマを設定し、会場を分け同時開催をしました。
テーマ1は『企業と学生の「共創の学び」のポイント』。内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局企画官笹尾一洋氏、(株)NDK代表取締役社長の久米智行氏にゲスト登壇いただた後、COC+R事業選定大学である岡山県立大学と徳島大学から「共創の学び」の具体的な実践事例をご紹介いただきながら、そのポイントについて議論が展開されました。
テーマ2では『学生と企業の「共創の学び」を自走化させる組織の在り方』について、文部科学省の神山課長にも登壇いただき、COC+R事業選定大学である山梨県立大学、信州大学(ENGINEプログラム)から、この先の自走化の構想、方向性について共有があり、自走化に関する様々な観点を抽出しながら議論が展開されました。
そして閉会に先立ち、ファシリテーターを務めた末富雅之氏、山本美樹夫氏から3つの講演と2つのパネルディスカッションについて、それぞれの内容のまとめと総括を発表。お馴染みになったグラフィックレコーディングも使いながら、わかりやすく振り返りました。
閉会あいさつには信州大学の林靖人副学長が立ち、参加者に学生が少なかったという反省点をまず述べました。次に、イノベーションを「新結合」と捉え、共創の学びこそまさにそれに当たる。新しいもの同士が結び付いてイノベーションを起こすと結論付けました。
4時間に及ぶシンポジウムは、それ自体まさに共創の時間だったと振り返りながら、実施期間の半分が完了したCOC+Rの、これからへの期待をかき立てたことでしょう。
※シンポジウムの動画は、COC+R会員の皆様に公開しております。
●シンポジウム動画 一覧ページ
https://coc-r.jp/archives/