2023年度入試結果についてはすでに多くの情報が出回っており、世間の関心はすでに次の2024年度入試に向いています。ただ、2023年度入試結果も見方を変えると新たに得られる情報もあります。大学グループ別に合格者数の推移のグラフを見ると、受験生から人気のある都市部の難関私大は、2018年~2019年を底にして、緩やかなV字カーブを描いています。つまり難関私大の合格者数は増加傾向にあるのです。

 

大学グループ別に見る2023年度入試結果

河合塾の大学入試情報サイトKei-Netには、入試結果が地区別、学部系統別、主要大学グループ別など複数のクロス集計で掲載されています。全体概況では私立大学の一般選抜志願者数は前年比96%と減少しています。また、合格者数は前年比98%とこちらも減少しています。通常、志願者数が減少した場合、それにほぼ連動して合格者数も減少します。18歳人口が減少していますので、志願者数は減少傾向にあります。そのため、合格者数も減少傾向にあります。ここまでは至極当然の結果です。

ただ、この入試結果を大学グループ別に見ると事情が少々変わってきます。難関かつ人気のある早慶上理(早稲田大、慶應義塾大、上智大、東京理科大)、MARCH(明治大、青山学院大、立教大、中央大、法政大)、関関同立(関西大、関西学院大、同志社大、立命館大)の合格者数を見ると、前年比がそれぞれ100%を超えています。早慶上理106%(+2,988人)、MARCH101%(+1,090人)、関関同立103%(+2,948人)この3グループだけで約7,000人の増加です。関関同立は志願者数も前年比104%と増えていますので、合格者数の増加はあり得ますが、他のグループは志願者数が微減あるいはほぼ横ばいの状態ですが、合格者数は増えています。これらの大学は定員規模の大きなグループですので、合格者数が増えると中堅以下の大学の入学者確保に大きく影響します。

さらに、上記3グループに日東駒専(日本大、東洋大、駒澤大、専修大)の合格者数増加分+912人を加えると、合格者数は延べ数とは言え、前年よりも約8,000人増加していることになります。比較的規模の小さな女子大の入学定員が400~500名程度ですので、女子大10数校分に相当する規模の合格者数が増えたことになります。複数の大学に合格した受験生は、難易度・人気の高い順に入学して行きますので、延べ数とは言え、この8,000人増加が中堅以下の各大学の入学手続き率に与える影響の大きさが分かります。

■河合塾Kei-Net「一般選抜 入試結果 集計データ 私立大 (全体概況・地区別・学部系統別・主要大学グループ別)(23/07/07現在)」
https://www.keinet.ne.jp/exam/past/index.html

2018~2019年を底としたV字カーブのグラフ

これら難関大学グループの合格者数を少し遡って、経年での推移をグラフ化すると共通した特徴が見られます。それは2018~2019年を底とした緩やかなV字カーブの形になっていることです<図>。早慶上理は2019年が底となっていますが、MARCH、関関同立、日東駒専は、2018年が底となったV字型のカーブを描いています。産近甲龍(京都産業大、近畿大、甲南大、龍谷大)も2023年は合格者数が減少していますが、それまではV字型で合格者数は増えています。

ところが、V字どころか、合格者数が一貫して増え続けているのが、首都圏理系10大学です。首都園理系10大学とは、千葉工業大、北里大、工学院大、芝浦工業大、東京工科大、東京電機大、東京都市大、東京農業大、麻布大、神奈川工科大の10大学です。工学系の大学に医療系と農学系の大学が混在する、一見解せない組み合わせですが、一応、首都圏における理系受験生の大まかな動向を見る上では、それなりの妥当性はあると思います。

このグループには何と言っても一般選抜の志願者数が多い大学ランキングで、ここ数年、第2位のポジションをキープしている千葉工業大がグルーピングされており、志願者数も増えていますので、合格者数も増えるのは当然と言えるところもあるでしょう。ここ数年は文低理高、つまり理系人気ですので、首都園理系10大学で志願者数が増えている大学が、千葉工業大以外にもあります。前述のように志願者数増加・合格者数増加という法則にも似た傾向がありますので、こうしたグラフの形状になります。繰り返しになりますが、中堅以下の他大学の入学者数確保にはダメージとなっていることでしょう。

「定員管理の厳格化」と規制の緩和が影響

なぜ、このように見事なVカーブのグラフになるのでしょうか。私立大学関係者の方々には自明のことですが、2018年までに入学定員の超過率を是正する、いわゆる「定員管理の厳格化」により、各大学が合格者数を減らしていったことがグラフの形状にはっきりと出ていると言えます。

この政策は、三大都市圏にある私立大学の超過率を是正して(超過率を下げて)、地方の私立大学の定員を充足させる効果がありました。政策は成功したのですが、それには副作用もありました。各大学が厳格に定員管理をするために、追加合格者を複数回にわたって発表することで、受験生が何度も入学手続きをしなくてはいけないという金銭的、心理的な負担が発生しました。受験生だけではありません。大学側も複数回の追加合格発表のための合否判定や事務作業の負担が増え、また、定員管理を厳格に行うために正規合格者数を減らしたため、想定よりも入学者数が定員を下回る、いわゆる定員割れの状態が恒常化した大学もありました。

このため、文科省は2019年以降、定員管理を厳格に行ったことで結果として定員割れとなった大学に対して、補助金を割り増す施策を実施しました。これによって多少の状況の改善はあったと思われますが、結局は追加合格による入学者数の調整以外に妙案は無く、受験生が不安定な状況におかれることに変わりはありませんでした。

そこで、文科省は2023年から定員管理の仕組みを劇的に変えます。これまで定員管理には、その年の入学者の超過率の基準(入学定員超過率)と全ての学年分となる収容定員の超過率の基準(収容定員超過率)の2つの基準がありました。定員管理の経験がある方ならよく分かると思いますが、これは実に良くできた規制の仕組みです。

しかし、この2つの基準のうち、入学定員超過率の基準を2023年度から廃止しました。この規制緩和によって、ある年の入学者数が基準を超えた超過率となっても、翌年の合格者数を減らすことで、収容定員の超過率を基準以内に調整することができます。つまり、大学にとっては複数年をかけて定員管理のやり直しができる仕組みになったのです。

そのため、これまで正規合格者数を少なめにして、追加合格者で人数調整をしていた大学は思い切って正規合格者数を増やすことができるようになりました。受験生側から見ると状況の改善になっています。ところが今度は、人気のある大規模大学で正規合格者数が増えたことから、中堅以下の大学や小規模大学が入学者数の確保に苦労することになりました。強者総取り、マーケットリーダーの一人勝ちの状況が生まれたのです。中堅以下の小規模大学側から見ると状況の悪化になっています。

それぞれが状況の改善を目指して、最善を求めて行動したことが、結果的に想定外の弊害を発生させた、意図せざる「合成の誤謬」と言えるかも知れません。

神戸 悟(教育ジャーナリスト)

教育ジャーナリスト/大学入試ライター・リサーチャー
1985年、河合塾入職後、20年以上にわたり、大学入試情報の収集・発信業務に従事、月刊誌「Guideline」の編集も担当。
2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。
2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務め、日本経済新聞、毎日新聞系の媒体などにも寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学の様々な課題を支援するコンサルティングを行っている。KEIアドバンス(河合塾グループ)で入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行なっている。
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