世界中で進行するDXの急拡大を受け、建築業界の働き方が大きく変わっていくなかで、建築分野の大学教育にも変革が迫られている。ここでは、2022年に採択された文部科学省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」を受け、工学院大学建築学部で始動した先進的なデジタル教育について紹介していく。

 

建築教育の要請に応えるために創設された日本初の建築学部

 ひとつの建築物を完成させるためには数万から数百万点近くの部材の情報が必要とされるが、従来の建築現場ではこれらの情報を大量の図面や書類で管理していたことから、現場にとって大きな負担となっていた。しかし、最近の日本の建築業界では「BIM(Building Information Modeling)」をはじめとするデジタルツールが導入され、コンピュータ上の3Dモデルで設計から施工、維持管理、解体に至るまでの情報を一元管理。さまざまなシミュレーションも、従来に比べ簡単に行うことができるようになっている。

 建築現場が変化する一方で、産業DXを支える人材はまだまだ不足しており、まちづくり、エンジニアリング、デザインなどの分野を横断し、建築業界全体のDXを牽引するマネジメント人材の育成が急務となっている。こうした昨今の建設業界の状況を背景に、工学院大学建築学部ではデジタル教育が始動することとなった。

 そもそも工学院大学建築学部とは、21世紀を迎え建築や都市に対する社会的なニーズが変化するなかで、建築教育に対する現代のさまざまな社会的要請に対応していくため、2011年、工学部から分離する形で創設された学部である。日本初の建築学部として誕生した当学部は、工学の枠組みにとらわれず、人文科学・社会科学・芸術など幅広い分野の基礎を修得しながら、専門性を深めていく。その過程で学生それぞれの能力を引き出し、伸ばすことによって、これからの新しい時代の課題を適切に判断し、指導的な役割を果たせる人材を育てることを、学部の目的としている。

 その特色として挙げられているのが、
(1)生産・供給者の視点だけでなく、ユーザーからの視点の導入
(2)社会ニーズに対応できる総合的な教育
(3)学生の幅広い興味や社会の多様性に応じた専門教育
(4)多様なバックグラウンドをもつ受験者層の受け入れ
(5)多様な人材の育成と卒業後の進路の多様化
(6)きめ細かな教育プログラム
(7)教育の達成目標のひとつとしての資格への対応

 以上の7点で、3つの学科・12の分野で学びながら多様な経験値を増やしていくことにより、幹の太い根を広げた大学生になることをめざしている。

最新設備と体系化されたカリキュラムでDXマネジメント人材を育成

 工学院大学建築学部で始動した、国内唯一ともいえる先進的なデジタル教育の大きな特徴のひとつとされるのが、2022年秋に設置された「デジタルツインラボ」である。「デジタルツイン」とは、実際のものとまったく同じものをデジタル空間上に再現し、リアルとデジタルの双子をつくることで、当ラボもこの言葉から着想を得て誕生した。そして、学生たちが授業や研究室で実践的にデジタル技術を学べる施設として、次の3つの最新設備が学内に新設された。

 ひとつめの設備が、新宿キャンパス2階の学術情報センター「工手の泉」に設置された『コラボレーションスタジオ』。ここでは壁一面に配置された、およそ縦2m×横7mの巨大ディスプレイを使い、BIMモデルをリアルスケールで投影・確認することを可能としている。ふたつめの設備が、新宿・八王子の両キャンパスに設置された『デジタルファブリケーションスタジオ』。ここにはデジタル加工機の3Dプリンターと大型レーザーカッターが導入されており、手作業では再現が難しかった複雑な形状の再現や新しい模型表現にチャレンジできる環境が整備されている。3つめの設備が、28階建て超高層ビルの新宿キャンパスに設置された地震計、『センシング+モニタリングラボ』。ポータブル環境センサーにより室内の温度、空気の流れ、光をモニタリングし、可視化することで、人間が過ごしやすい室内環境をつくることに活用されている。

 また、デジタルツインラボの設置と並行して、1年次から大学院まで体系化されたカリキュラムを設置することにより、建築現場を牽引するDXマネジメント人材の育成がめざされている。

 カリキュラムの具体的な内容としては、はじめにデジタルの素養を身につけるため、1年次より分野横断的に基礎的素養を修得。建築業界におけるDXの全体像を理解したうえで、学年が上がるにつれて専門性を高めていく。3年次以降は、より専門的な技術の修得や、学んだ技術を駆使して実践的に学ぶ授業が中心となるだけでなく、学部内の他学科授業を履修することもできるため、分野にとらわれずデジタル技術を身につけられるようになる。

 さらに4年次と修士課程以降では、これまで学んできた技術・知識を活かしながら、さまざまな研究を展開。「3Dモデルでのシミュレーション実験、デジタルファブリケーションを駆使した構造倒壊実験」(建築学科/建築構造/山下研究室)、「想定地震に対する地震動を数値シミュレーションする手法の開発」(まちづくり学科/安全・安心/久田研究室)など、構造からまちづくり、デザイン、防災までさまざまな分野で、デジタル技術を活かした最先端の研究に取り組むことができる。

 工学院大学建築学部では以上の先駆的な取り組みにより、将来的には政府が推進するリカレント教育や現場のデジタル化支援も視野に入れたプログラム開発への参入も検討中で、建築業界のDXをさらに推し進める人材の輩出が期待されている。

工学院大学

伝承を継承しつつ、さらなる進化を続ける大学

2011年の日本初の「建築学部」開設を皮切りに、2015年「先進工学部」創設、2016年「情報学部が従来の2学科体制から4学科体制に、そして2023年には情報学部システム数理学科が情報科学科に名称変更し、常に時代に即した改革を続けています。さらに、八王子キャン[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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