カーボンニュートラルやCO2削減に向けた取組が様々な分野で進む中、ゴールドラッシュならぬ《グリーンラッシュ》の機運が世界的に高まっている。従来、麻薬との関連から敬遠されてきた大麻の、産業利用を拡大しようという動きだ。国内でも、大麻取締法等の一部が75年ぶりに改正される。神事・伝統文化の継承という課題から、大麻研究の新たな拠点作りを始めた三重大学。それを牽引する地域イノベーション学研究科の諏訪部研究科長に、きっかけや展望を聞いた。

 

そもそも大麻って?

 大麻は植物分類学上、アサ科アサ属の1年生の草本(学名:Cannabis sativa L. )。農学分野ではアサ、産業分野ではヘンプと呼ばれる。カンナビノイドと言われる生理活性物質を含み、植物体内で各種合成酵素を使って向精神作用がありマリファナの原料として知られるTHC(テトラヒドロカンナビノール)や、向精神作用がなく鎮痛やストレス緩和等に効果のあるCBD(カンナビジオール)を合成できる。サティヴァ亜種、インディカ亜種、ルデラリス亜種の3 種類があり、THC、CBDの含有量には差がある。

 一般的に、THCの含有量が一番多いのはインディカ亜種。一方、日本で太古から栽培されてきたサティヴァ亜種は含有量がきわめて少ない。品種や系統によるTHC含有量にも大きな違いがあり、THCが1.0~20%超のものは薬用型、1.0~0.3%のものは中間型、0.3% 以下のものは繊維型と分類され、THC1.0%未満のものは産業用大麻とも呼ばれマリファナ原料にはならない。キノコには毒キノコとそうではないキノコという言い方があるが、そのような呼び方のない大麻でも種類によってそれぐらいの違いがある。我々が研究で扱う大麻は、もちろん産業用大麻である。

きっかけは伊勢からの依頼

 わが国では古来より、大麻は神事・伝統行事においてある意味で主役だった。その茎は神社のお札、しめ縄、神職装束、横綱の化粧まわしから、檜皮葺き屋根の土台、花火の火薬、松明など幅広い用途に使われてきた。またその実は七味唐辛子やいなりずしに入れられているし、その葉は伝統模様として親しまれている。

 ところが第2次大戦後、この状況は一変する。理由はさまざまだが、大麻取締法等が布かれてから、栽培は許認可制となり、麻薬成分の抽出が目的ではないにもかかわらず国の厳しい監督下に置かれるようになった。

 その結果、国内農家で栽培を続けているのは2022年で27軒、栽培面積も7haと少ない【下図】。品種も、もともと生産地によって多種あったが、現在、商用品種は栃木県産の「とちぎしろ」しかない(これも栃木県外での利用はできない)。当然、神事や伝統行事に使う麻の多くは輸入や模造品に頼らざるをえない状況だ。    

   ご利益があるとされるようなものまで輸入に頼っている状況を何とかしたい、と声を上げたのが伊勢神宮のお膝元の企業等で作る社団法人伊勢麻振興協会。伊勢麻の麻とは大麻で、協会の傘下には大麻栽培の許認可業者の一つ(株)伊勢麻があり、これまで細々と栽培を続けてきた。

 2021年、同会が県内で生物資源などの研究組織を持つ本学に、大麻の栽培や育種、品種改良、成分分析などについての研究協力を要請。これが産官学による『大麻研究プロジェクト』がスタートするきっかけとなった。以後、本研究科が運営主体となりつつ、2024年4月からは理系のみならず文系分野の学部、センターなどが結集し、大学全体で一体となって研究協力する体制を確立してきた。

分野融合、地域や産官学との連携による2大プロジェクトが始まる

 プロジェクトの一つは、きっかけとなった神事・伝統を守り支えるための農業生産基盤の確立や、産業用大麻の社会的認知を高めることを目的に、三重大学の「地域共創展開センター」の中に「神事・産業用大麻研究プロジェクト」として位置づけられた。

 第一弾として2023 年4月には、伊勢神宮の斎王の御所とされる斎宮【下写真(上)】所在地で、古来より大麻を栽培してきた明和町を舞台に、産官学連携で麻産業の振興を目指す『天津(あまつ)菅(すが)麻(そ)プロジェクト』が始動した。これには明和町、(社) 伊勢麻振興協会他5社2団体、農家、農業法人、私立大学では皇學館大学が加わった。また、高大連携の一環として、三重県立久居農林高等学校との共同研究を開始し、大正時代に作られ現存する物しか残っていない神事用栽培に用いる特殊な播種機も復元した【下写真(下)】。
提供:三重県明和町

 もう一方の柱はバイオ、生物資源や、農学の基礎研究からのアプローチで、本学に9つある「重点リサーチセンター」の一つ「カンナビス研究基盤創生リサーチセンター」が担う。育種や品種改良、成分分析や毒性の基準づくりから、大麻の幅広い産業応用の基盤となる基礎研究の確立を目指す。

 安全・安心を保障するための基本ともいえる大麻の成分分析体制の確立も目指す。現在、国内での成分分析は、外国の分析機関にサンプルを送って依頼するか、アメリカ企業の持つ検査試薬の輸入に頼っていて、高コストで時間もかかる。また、厳正さが求められるにもかかわらず公的な分析センターもない。そこで、国際標準として使用される成分分析機を2024年3月に本学に導入した。この分析機の導入も非常に厳しい審査基準があり、本学に導入されたものが日本国内第1号である。本分析機と国立大学というポジションニングを活かしつつ、早期に国の認める分析センターの設置を目指したい。

 産業応用では、これまで医療用に加えて、健康・美容のための有効成分に着目したヘンプシードナッツやヘンプシードオイルなどが商品化されているが、睡眠に関するサプリメントへの応用など、新たな知見も取り入れながら、様々な可能性を追及していきたい。

 一年草である大麻は、多くの植物の中で特にCO2吸収能力にすぐれていると言われていて、伝統的な育種学・作物学による栽培技術の確立や品種改良、新たな品種の開発は、それだけでもカーボンニュートラル、CO2削減に寄与する。またバイオ燃料としての期待も高まっており、関連企業との産学連携を積極的に進めていきたい。
 工学分野では、茎繊維はカーボンファイバーに負けない剛性を持ち、なおかつ軽量のため、グラスファイバーや金属に替わる車体のパーツ素材としてヨーロッパで使われ始めている。この分野では、「卓越型リサーチセンター」である「エネルギー材料総合研究センター」などと連携し、産学連携を強化していきたいと考えている。

 プロジェクトはまだ始まったばかりで、また日本には70年を超える研究空白があるため、担当者にとっては未知の分野も多く、手探りで進めなければならないケースも多々ある。しかし世界では、産業用大麻に関する規制の見直し、その法改正が大きく進展し、取り扱いのハードルは大きく下がっている。神事・伝統の維持目的から始まり、地域貢献、さらには新産業創出までの広がりを視野に、本プロジェクトを一歩々々、着実に進めていきたい。

地域イノベーション学研究科とは

 《実社会において、専門知識に基づき、自ら社会課題を発見し、自分の頭で考え、信念を持って行動できる「プロジェクト・マネジメントができる研究開発系人材」と、「地域においてゼロから1を創造できる社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)人材」の育成を目的に、2009年に開設された文理融合(工学、バイオ、人文・社会)の大学院。教員は様々な学部から集まる。教育研究ユニットには、『工学』『バイオ』『社会』の3つに加えて、学際研究を担う文理融合型の『地域新創造ユニット』がある。

 専門教育を担当するR&D(Research and development)教員に加え、プロジェクト・マネジメント教育を担当するPM(Project Management)教員からも同時に指導を受けられる「サンドイッチ方式教育」と、特に地域の企業等との共同研究におけるプロジェクト・マネジメントについて学ぶOPT(On the Project Training)教育に特徴がある。また、博士前期課程には本格的な「インターンシップ研修」が必修科目として開講され、社会連携を実現する場としてコアラボも設けられている【写真】。

 2020年度からは、地域創生イノベーター(RRI)養成のための新たな教育コース「地域創生イノベータ―養成プログラム」が導入され、修了者は資格認定される。同年にはまた、博士前期課程地域イノベーション学専攻の正規課程が「職業実践力育成プログラム」(BP)として文部科学省に採択された。社会人にも門戸が開かれていて、2021年には特定教育訓練給付制度の受けられる厚生労働大臣指定の専門実践教育訓練講座として指定を受ける。

三重大学大学院 地域イノベーション学研究科長・生物資源学部教授

諏訪部 圭太先生

2000年 三重大学大学院生物資源学研究科博士前期課程修了、2004年博士(学術)。2006年4月~2007年3月英国John Innes Centreマリーキュリーフェロー、2007年4月~2009年1月 東北大学大学院生命科学研究科博士研究員・日本学術振興会特別研究員(PD)、2009年2月~2021年3月三重大学大学院生物資源学研究科 准教授、2021年4月から現職。専門は分子遺伝育種学。三重県立津西高等学校出身。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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