芝浦工業大学システム理工学部では、2026年4月の学部改組に向けた準備を進めている。最大の特徴は、学科制から課程制への移行。従来の5学科から、5課程11コースへと生まれ変わる。

なぜ同学部では課程制の採用をはじめとする、大胆な改革に踏み切ったのだろうか。現システム理工学部長の澤田英行教授にお話をうかがった。

 

課程制による分野横断型学修で、安心して迷える場所を実現

 改組のきっかけは、2017年6月に文部科学省がとりまとめた「大学における工学系教育の在り方について(中間まとめ)」。Society5.0やそれ以降の時代に対応するために、ひとつの専門を極める従来の教育から、他分野とのつながりを意識した工学系教育が求められるようになった。

「これまでの教育は、縦に長いチューブを掘り下げて専門を極めていくイメージでした。しかし現在の社会は各分野が円盤状に広がり、重なり合っている状態です。ひとつの専門を見るだけでなく、重なっているほかの分野との関連性も意識して学ぶ必要が出てきたといえます。そのためには複数の領域とつながる分野横断のセンスや、ふたつ以上の専門性を磨くπ(パイ)型のスキルを身につけなければなりません。」

 π型スキルとは、視野の広さと、ふたつ以上の専門性を備えて力を発揮すること。πという記号の横棒を「分野を横断できる視野の広さ」、2本の縦棒を専門性にたとえている。さらに縦棒はそれぞれ、中心となる専門性(メジャー)と、メジャーを支えるさらなる専門性(マイナー)を示す。こうしたπ型スキルを身につけ、社会からの多様なニーズに応えられる創造的な理工系人材を育成することが改組の目的のひとつだ。

 そのため改組後のシステム理工学部ではメジャーとなる主専攻と、マイナーとなる副専攻を選択できるようにする。主専攻のみを履修して卒業することも可能だが、関連する副専攻を学ぶことで、より実践的な力が身につく。

「自由度の高い分野横断を支える手段のひとつが、課程制への移行です。実は学科制の頃から、学生は別の学科の授業を受けることができました。しかし教員は学科に所属しているので、他学科の学生向けには授業を行いにくいです。課程制に移行すると教員は学科ではなくシステム理工学部の所属となるため、各課程やコースで授業を開講しやすくなります。」
※構想中の内容は未定であり、変更の可能性があります

 そもそも同学部で扱う「システム」とは、複数の分野や要素を組み合わせ、目的達成のために機能を発揮するしくみのこと。生活や社会のあらゆる事象にシステムが関わっている。物事をシステムに注目して分析することで課題を発見し、改良や創造を試みる分野がシステム工学なのだ。そのため1991年に創立した同学部では、当初から分野横断型学修を意識していたという。

「システム工学そのものが、分野横断を促進する学問だといえます。システムを扱うときはひとつの分野に限定するのではなく、関係するほかの分野にも目を向けることが求められるからです。私たちはこれまで情報系を中心に、機械や建築、生命科学、数理などさまざまな領域をつないできました。本学部は学内唯一の国際プログラムも備えており、世界に貢献できる人材も輩出しています。このように33年間かけて培ってきた分野横断の実績をさらに学外に発信していくことも、改組の狙いです。」

 さらに改組後のカリキュラムを考える際には、学生たちの「迷い」にも目を向けた。

「高校生や大学生はよく『迷っている』と言うんです。だから改組によって『迷うことは悪くない』と伝えたいと思いました。最初から道がわかっている人なんて、今の時代には少ないでしょう。だからこそ我々は課程制による分野横断型のカリキュラムを、安心して迷える場所にしようと考えています。迷いながらさまざまな分野の情報をたぐり寄せ、独自の道を少しずつ構築していく。そんな創造的な迷い道を用意しています。」

将来像を後押しするモジュール制と学際科目


 改組後の同学部では、「~できる人材になる」という将来像を具体的にイメージし、そのために必要な科目を各々がカスタマイズする。「~できる」を実現するために推奨する科目を約12単位ずつにまとめたものが、新たに採用する「モジュール」だ。たとえば「スマートシティの情報インフラを構築できるグローバルなIoTエンジニア」をめざすなら、IoT、環境・都市、留学のモジュールを選択して学ぶ。

「各課程・コースにはモジュールがいくつか用意されており、自分の主専攻や副専攻のものを自由に組み合わせていきます。科目をすべてバラバラにしてしまうと、かえって選択しにくくなるでしょう。『~できる』という観点でまとまった内容を提示することで、将来像を実現するために必要な授業がわかりやすくなります。」

 将来像に向かって生きる力を養うために、専門科目と基礎教養をつなぐための「学際科目」も必修で設置予定だ。内容は大きく分けると「キャリアデザイン」、「SDGs」、「システム工学」、「アントレプレナーシップ」の4種類。システム工学では、実際の社会課題を題材にしたアクティブラーニングを実施する。「アントレプレナーシップ」では学びを社会に実装するときに求められる、主体的な行動力を鍛える予定だ。

「キャリアデザイン」と「SDGs」には1年次から取り組む。これは分野横断型学修には欠かせない「卒業後という出口を意識させるための内容」だと、澤田教授は語った。

「『キャリアデザイン』は、社会に出てからの教育を紹介する授業です。たとえば何かのキャリアを得るために社会人はこういうふうに学んでいる、などの具体例を教え、学生それぞれの将来像を思い描いてもらいます。学修の自分起点を築くのが『キャリアデザイン』です。一方で『SDGs』では、自分の学びが社会のどういった課題に貢献できるのかを把握します。これは学修の社会起点を持つための授業です。このように自分起点と社会起点の双方向で学修の動機付けをすることで、分野横断型学修の効果を高めます。」

 ほかにも「未来を創る」と題した学際科目を1年前期と2年後期に実施。さまざまな課程やコースの学生とチームを組み、社会課題の解決に取り組むワークショップ型の授業だ。自分起点と社会起点を築くだけでなく、学外の状況に目を向ける体験にもなる。

「学際科目を学びながらモジュールで専門能力を高め、将来に向かって徐々に道を見定めていく。それが改組後のシステム理工学部のカリキュラムです。迷う期間は3年生の前期まで、長めに用意しています。3年前期からは総合研究(卒業研究)が始まりますが、この時点では複数の研究室を渡り歩くことが可能です。最終的には3年生の後期で研究室を決めて研究に取り組み、卒業後も引き続き大学院で研究を続けることができます。」

双方向のリスペクトで、社会に貢献できる人材に


 実学教育にも力を入れている同大学。地域との連携協定を結んだり、再整備中の大宮キャンパスに地域健康増進センターを創設したりと、教育や研究の成果を社会に実装している。

「本学の建学の精神は『社会に学び、社会に貢献する技術者の育成』です。だからこそ我々が学んできた内容を社会に実装することを重視しています。学問と実践をつなげるセンスを養うのも、学際科目を新たに設置した狙いのひとつです。」

 これから学生たちが生きていくのは、常識や答えが一瞬で変わってしまう可能性のある時代。だからこそ卒業生には、一生学び続けて社会に適応できる人材になってほしいという。

「変化の激しい世の中で、自分の起点は何かを問い続け、学び続けるためのセンスを身につけてほしいです。また、変化し続ける社会では、隣り合わせの分野とともに、ひとつのプロジェクトに取り組むことも珍しくありません。このとき重要なのは、ほかの分野へのリスペクト。同時に自分もリスペクトされるよう、自己を高度化させ続けてほしいです。すると他者からも自然とリスペクトされるでしょう。双方向のリスペクトが、これからの社会をよくしていくと信じています。」

 最後にどのような高校生に入学してほしいかを尋ねると、澤田教授は次のように語った。

「社会貢献したい、誰かの役に立ちたい、という気持ちがあったらそれだけでウェルカムです。今は貢献の仕方もたくさんあるので、ぜひ本学で大いに迷いながら分野横断型学修をして、将来像を見定めてほしいと思います。」

芝浦工業大学システム理工学部長

澤田 英行教授

芝浦工業大学工学部建築学科卒、同大学院建設工学専攻修了。1987年4月から2012年3月まで鹿島建設株式会社建築設計本部にて勤務。2012年4月より芝浦工業大学にて現システム理工学部環境システム学科教授、2021年より学部長を務めている。専門は建築計画・設計。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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