「貯蓄から投資へ」の流れや成年年齢の18歳への引き下げなどから、将来の経済的自立や、学生が金融トラブルに巻き込まれないための金融教育への関心が高まっています。地方銀行員として投資信託※1に出合ったのをきっかけに、日本人の金融リテラシー※2に興味をいだき、経済学研究の道を歩まれてきた関田先生に、金融リテラシーや金融教育について、また所属される経済学部での学びについてお聞きしました。
※1 投資家から集めたお金をひとつの大きな資金としてまとめ、運用の専門家が株式や債券などに投資・運用する商品で、その運用成果が投資家それぞれの投資額に応じて分配される仕組みの金融商品((一社)投資信託協会)。
※2 「経済的に自立し、より良い生活を送るために必要なお金に関する知識や判断力のこと」(政府広報)。
地方銀行員から研究者に
私は大学で経済学を専攻し、卒業後は地元の地方銀行に入行しました。地元に戻れば親が喜ぶと思ったからです。当時銀行では、私が入行する3年前の1998年12月から投資信託の窓口販売が可能になり※3、勤務先でもその販売に乗り出していました。しかし、先輩たちからは「投資信託は、定期預金と違ってリスクがあるからとお客さんが買ってくれない」という声をよく耳にしました。
「投資信託は儲かるかもしれないのになぜみんな買わないのだろう?」、そんな疑問から私は、日本人の貯蓄行動や資産選択行動についての本や論文を読み始めます。そこでわかったのは、日本では他の国に比べ投資を避ける傾向が強いということでした。
これは金融教育に力が入れられておらず、個々人の金融リテラシーが低いことが原因かもしれないと思った私は、それを検証できるデータを探しましたが、なかなか見つかりません。そこで、それなら自分で研究するしかないと、入行から半年で銀行を辞め、大学院へと進学しました。
※3 1997年に日本で提唱された金融システム改革(イギリスの金融ビッグバンをモデルにしたため日本版金融ビッグバンと呼ばれる)によって、銀行、証券、保険の垣根が取り払われたことによる。
どこを探してもない!日本人の金融リテラシーのデータ
ところが大学院に入ってわかったのは、日本国内では金融リテラシーの個票データ※4が存在しないことでした。データ収集のためにはアンケート調査をしなければならないのですが、当時のアンケートは、郵送調査が主で、コストが高く、個人で行うことはなかなかできません。仕事を辞めてすぐにこんな状況に直面してしまったのは若気の至りでしたが、若かったから楽観的でもあり、まずは研究に必要な理論やデータ分析の手法などを勉強しようと方針を切り替えました。
転機は、博士号取得後、卒業した大学院に研究員として戻ってから訪れます。博士課程の指導教員がまだ在籍しておられ、ご自身がメンバーとなっている研究グループが実施するアンケートの中に、金融リテラシーに関する項目を入れて下さったのです。集まったデータはまさに日本初。私はそれを利用させてもらうことで、漸く金融リテラシーの研究をスタートさせることができました。10年越しで夢が叶ったのです。
※4 金融リテラシーは通常、アンケート調査の回答者に、金融知識を問うような質問をすることで測られる。また、知識に加えて、態度や行動などによって測る場合もある。
日本だけではない、世界的にも低い金融リテラシー。金融教育は世界的な課題
大阪大学社会経済研究所が実施した「くらしの好みと満足度」調査のデータを分析すると、やはり日本人の金融リテラシーは十分とは言えないことが分かりました。とはいえOECDの国々と比較して著しく低いわけでもありません。国民の金融リテラシーの低さは世界各国が抱える問題で、世界中の研究者が金融教育充実のために力を注いでいます。
日本の場合、高校以下の金融教育は、家計管理や生活設計などの観点から家庭科が担ってきました。しかし近年は、クレジットやリスクのある金融商品も取り扱う必要が出てきたため、数学的な要素も含め扱う領域が多岐にわたるようになりました。これは家庭科を専門とする教員にとって負担が大きすぎるとの声もあり、金融広報中央委員会や金融庁などが動画教材を提供するなどして支援を行ってきましたが、まだまだ工夫の余地があるとも言われています。
なお、あらためて紹介する必要はないかもしれませんが、金融リテラシーの測定に用いられる問題(右コラム参照)の多くは、お金に関連する国語と算数の基礎的な問題とも言えます。以前に行った研究では、国語や算数の力のある人ほど金融リテラシーも高い傾向にあるという結果を得ており、改めて基礎学力が大事であると実感しています。
経済学部ではどんな授業を?
私は2年次の専門科目の授業では『日本経済論』を教えています。経済学的手法を使って、日本の戦後の高度成長実現の要因から、バブルとその後の長期停滞、他にも、財政、金融、貿易、環境など、様々な側面から解説します。学生が昔の日本の様子を想像しながら学べるよう、例えばNHKのドキュメンタリー映像を用いて高度成長期の生活から集団就職の様子なども見てもらいます。具体的な映像を前に、都市部への労働移動が日本の経済成長にいかに影響を与えたかを語ると、学生たちは「過去があって、今がある」ことを実感してくれます。また、バブル崩壊後の銀行業界の変遷や、当時の汚職事件なども取り上げ、将来への教訓としてもらっています。
2年次秋学期からのゼミでは、日本経済論をテーマに経済成長、財政、金融、労働、社会保障など幅広いトピックを扱います。指導面で重視しているのは、経済情報のたゆまぬ収集。日本経済について理解を深め、研究成果を論文にまとめるには、常にアンテナを張り信頼できる情報を集め、自分なりに分析することが重要だからです。最初のステップでは、日本経済論の教科書を使って基礎を固めるのに加えて、関連する新聞・雑誌記事に目を通す習慣を身に付けてもらいます。またゼミ生同士で、集めた情報を共有したり、読んだ記事についての感想や意見を発表しあったりもします。
ちなみにゼミで身に付ける力として私は①「経済理論」を用いて物事を考えられるようになる。②経済情勢に常にアンテナを張ることができる。③データ収集・分析能力を身に付け建設的な議論をすることができる。④学術論文の読み書きができる。⑤プレゼンテーション能力を身に付ける、の5つを目標に掲げています。
なお、特に力を入れて研究している金融リテラシーについては、日本経済との関連で卒業研究したいという希望があれば、既存の研究の紹介からテーマ設定まで、丁寧に論文指導する用意もあります。
経済という言葉は、「経世済民」を略したものであり、「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)う」という意味です。それを学問としているのが経済学ですから、「世の中学(ヨノナカガク)」と表現することもできると思います。経済学部では、学生が将来、世の中のあらゆる課題解決にたずさわり活躍していけるよう、「現代社会」「ビジネス経済」「地域経済」「グローバル経済」の4つのコースを用意し、2年次から実践的な学びを提供しています。また、秋学期は月に4回程度、企業人(実務家)を招いて、実際の企業活動について聞く特別講義「経済人特別講義」なども行っています。産業構造の変化、直接投資、企業統治、脱炭素への対応、規制緩和など、座学だけではなかなか理解しにくいようなテーマも、経験者の話を聞けば実務的な側面も含め理解が深まると好評です。
「金融リテラシービッグ3」(利子計算、物価変動、リスク分散)の中から、リスク分散の問題に挑戦
問:次の一文は正しいでしょうか
一般的に言って、一つの会社の株式を購入することは、株式投資信託を購入するよりもより確実な収益が得られる。
答:間違っている。
解説:株式投資信託とは、複数の会社の株式に投資する金融商品をイメージしてください。この質問に答えるには、分散投資の概念が必要ですが、以下、関西学院大学の梶井厚志氏と東京大学の松井彰彦氏の書籍の内容に基づいて説明します。
今、200万円の資金をもとにA、B2社の株式を買うことを検討しているとします。現在、2社の株価はどちらも1000株あたり100万円で、来年の株価は50%の確率で2倍になり、残り50%の確率で半分になるとします。また、購入したら1年後までは売買しないものとします。
ケース1:手元資金200万円を全てA社の株式に投資する。期待収入は、400万円×0.5+100万円×0.5=250万円。
ケース2:手元資金の半分をA社の株式に、残りの半分をB社の株式に投資する。期待収入は、両社の株価が共に2倍になる、両社の株価が共に半分になる、片方の株価が2倍になりもう片方の株価が半分になる、という3つのシナリオを考えます。すると期待収入は、
400万円×0.25+100万円×0.25+250万円×0.5=250万円。
どちらも期待収入は250万円で同じですが、ケース1では資金が半減するリスクは50%、ケース2では25%(資金が2倍になる確率も50%から25%に減っています)。資金を一つの投資対象に全て投資した場合と、2つの投資対象に分散投資する場合、期待収入は変わらないのに、分散投資の方がリスクは減少します。つまり、冒頭の質問の答えは「間違っている」ことになります。
京都産業大学 経済学部准教授
関田 静香先生
2001年長崎大学経済学部卒、2004年大阪大学大学院経済学研究科修了(応用経済学修士)。2007年応用経済学博士。日本学術振興会特別研究員、大阪大学社会経済研究所特別研究員を経て2011年から現職。鹿児島県立大島高等学校出身。