6月3日、大学関係者が注目していた「令和8年度大学入学者選抜実施要項」が大学等に通知され、文部科学省のHPでも公開されました。各メディアで「年内入試での学力試験解禁」、「条件付きで年内入試の学力試験を認める」などの見出しが並んだように注目されていたのは、昨年話題となった「学力型年内入試」でした。これは主に試験実施を行う大学側に遵守が求められる内容ですが、今回の大学入学者選抜実施要項では、それ以外にも追記されている箇所があります。これらの項目は運用次第では受験生を送り出す高校側にも新たな負担となる可能性もあります。
学力型年内入試に加えて小論文も条件付きに
「学力型年内入試」については、すでに多くの情報が発信されていますが、「令和8年度大学入学者選抜実施要項」(以下、実施要項)では、2月1日以前に「教科・科目に係る個別テスト」(学力試験)を行う場合には次の条件を満たす必要があると書かれています。
学力試験のみで合否判定するのではなく、調査書等の出願書類に加え、「小論文・面接・実技試験等の活用」または「志願者本人が記載する資料や高等学校に記載を求める資料等の活用」と必ず組み合わせて丁寧に評価しなければならないとしています。つまり、これまでのような一部の私立大学で行われていた学力試験のみで合否判定する「学力型年内入試」ではなく、複数の評価方法を組み合わせた総合型選抜・学校推薦型選抜でなければならないのです。
それに加えて、小論文に対しても注文が付きました。「教科・科目に係る知識を問う問題を小論文等の形式で行うことにならないように留意」せよとしています。これは小論文や総合問題として出題されていても、入試問題を見ると英文を読解させたり、数式を読ませたりする問題が結構な件数であることを意識しているのでしょう。ただ、グラフや表の数字を読み取らせたり、英文を素材とする問題文などが出題されたりするケースは多いため、ここは出題する大学としてはどこまでが良くて、どこからが良くないのか判断に迷うところです。
確かに総合問題と称しつつも、第一問が英語、第二問が数学のような大学もありますので、こうしたケースを指すと思われますが、解釈にかなり幅がありそうですので、ここは多少の混乱が見られると思います。しかし、だからと言って文部科学省も明確な基準を示せと言われても困るでしょうから、大学としては変に問い合わせをして、藪蛇にならないよう、そっとこれまで通りの出題を続けることが良いと思われます。受験生とその指導を担う高校の先生方に新たな負担が生じてしまわないよう、出題傾向の変更はより慎重に判断することが大切です。
新しく追加された「推薦書のイメージ例」
また、今年の実施要項には新たに「推薦書のイメージ例」が追加されています。実施要項の中では、「アドミッション・ポリシーに対応する志願者本人の学習歴や活動歴を踏まえた学力の三要素に関する評価についての記載を求める。また、生徒の努力を要する点などその後の指導において特に配慮を要するものがあればその内容について記載をもとめる」とかなり具体的な指示がなされています。昨年の実施要項でもこれに近い内容の一文がありますが、今年はさらに踏み込んだ内容になっています。
入学者選抜実施要項で示された推薦書(イメージ例)(令和7年6月3日更新)
この背景としては、やはり昨年一部の私大が実施した「学力型年内入試」の影響があると思われます。これらの私大が出願の際に求めた推薦書は非常に簡易なもので、高校側にとってはある意味で有難い書式でした。極端な事例では推薦書に最初から「下記の生徒を推薦します」と記載されており、高校側は校長名と生徒指名を記載して押印すれば良いだけになっています。省力化されており、とても理想的なのですが、これが関係者の逆鱗に触れたのです。
ほぼ都市伝説のようなものなのですが、一部では担任の先生が書く推薦書の内容の良し悪しが合否に関わると信じられています。評価する大学側としては、高校の先生による推薦書はもちろん重要な参考書類ですが、生徒本人が書いた志望理由書の方がはるかに重要です。しかし、推薦書の書き様が合否を決めると信じる立場からは、あまりにもシンプル過ぎる推薦書は受け入れられなかったようです。そこで推薦書に新たな規制を加えようとしているのですが、文部科学省としても高校の先生方の負担を増やすことは本意ではないと考えていると思います。そこで折衷案として今回の「推薦書のイメージ例」のフォーマットになったと考えられます。ちなみに高校側の負担軽減のため、神奈川県の私立13大学が、統一化した推薦書の書式を2025年度入試から導入していますが、今回の「推薦書のイメージ例」とほぼ同じです。いわゆる元ネタだと思われます。
神奈川県内13大学「全国大学推薦書標準様式」
千葉県内13大学・短期大学「学校推薦型選抜推薦書」の共通様式
シンプルながら好事例となる推薦書も
「推薦書のイメージ例」はよく考えた結果のものだとは思いますが、スペースから見て、書ける文字数は500字ぐらいだと思われます。その文字数のボリュームでは上記の指示内容のすべてを記載するのは多分、難しいでしょう。大学側は実施要項を真に受けてその通りの記載を求めることは、高校の新たな負担になることをよく理解して対応することが大切です。しかし、だからと言って、シンプル過ぎるフォーマットでは実施要項に反します。
実はいくつかの大学が、シンプルながらも学力の三要素や適性などについて記載できるフォーマットの推薦書をすでに使用しています。それら大学の地元の高校の先生方はよくご存じだと思いますが、高校と大学の両方にメリットとなる現実的な解決方法としての好事例だと思います。いくつかのパターンがありますが、推薦書には「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「主体性を持ち多様な人々と協働しつつ学習する態度」の欄が最初から設けられています。そして、それぞれを段階別に評価するチェックボックスがあり、推薦書を書く先生はそれぞれのチェックボックスにチェックを入れるようになっています。もちろん、それだけではなく、大学によっては「学部学科での学修への適性」の欄を設けたり、段階評価が低い場合には、大学入学後にその生徒にどのように配慮した指導が必要かを書いてもらう欄を設けたりしています。シンプルですが推薦する高校の先生と評価する大学の先生が紙面を通じて対話できるような教育的な内容になっています。参考になる事例と言えるでしょう。
昨年話題となった「学力型年内入試」は実施要項違反と言われましたが、実施要項は「通知」ですので法的な拘束力はないはずです。それでも実施要項はこれまで入試のルールブックとして機能してきていますので、やはり尊重すべきところはあると思います。ただ、ルール通りに入試を実施していれば、入学定員が自動的に充足できる訳でもありません。ルールと現実とどうバランスを取るのか、そこで大切なのはやはり入試担当者のセンスでしょうか。