ネットメディア、週刊誌の大学記事にはタイトルを見るだけで滅入ってしまうことがある。その最たるものは「Fランク大学」だ。
・『「Fラン大学は人生詰んでいる」は本当か 学歴を超えた「学ぶ意味」を考える』
ダイヤモンドオンライン 2025年6月2日
・『いわゆる「Fラン大学」でも行かないよりは行ったほうがいい・・・「生涯賃金の推計」でわかる“大卒の決定的違い”』
プレジデントオンライン 2024年7月26日
・『日本に「Fラン大学」は必要なのか・・・10年後の「大学全入時代」を前に考えるべきこと』『「教育機関」のベールを脱ぎ捨てた私大』
『週刊現代』 2024年10月19日号
・『「なんでアホを押しつけるんだ。ちゃんと人事部門で面倒を見ろよ!」“Fランク大学出身者=役立たず”とレッテルを貼る経営者の“的”外れ』
文春オンライン 2022年10月11日
・『奨学金が支える「Fランク大学」の葛藤と不安 1300万円のハンデを負って通う価値はあるか』
東洋経済オンライン 2016年4月26日
これらの記事は「Fランク」大学を徒に貶めているわけではない。まじめな問題提起型もある。だが、定員割れ、難易度が下位、学生の低学力、中学や高校の補習教育実施などといった、大学のありようの描き方には通底するものがある。そこには「Fランク」大学がネガティブな方向に独り歩きしてしまいかねない芽が潜んでいるため、大学にすれば、「Fランク」というレッテルを貼られることは避けたいところだ。
そもそも「Fランク」大学はいつ、だれが作ったのだろうか。
きっかけは2000年に週刊誌で報じられた記事だ。こんなタイトル、リードの記事が出ている。
「受ければ受かる「Fランク」私大194校全実名 河合塾が格付けしたら、全国4割の大学が該当」
『週刊朝日』 2000年6月23日号
2000年、河合塾が入試資料としての難易度表に「Fランク」を付けたのが始まりだった。
同誌によれば、Fはフリーパスの頭文字からとったとされる。Fの認定基準は、①実質倍率が2倍以下、②すべての偏差値帯で合格率が65%以上、③合格者の下限偏差値が35以下、の3つがすべて揃っていることである。
同誌にFランクと名指しされた学長のコメントが掲載されている。
「本学は少人数教育を伝統としており、入学後の教育により、有為な人材として社会に送り出す努力をしているのでそうした点を総合的に見てほしい」
「偏差値に頼る教育の弊害は明らかであり、本学はそれよりも品性や感性の豊かな学生を求めている。学力だけでなく、本学にふさわしい人間性により選抜している。良家の子女とはそんな女子なのである。二学科がFランクなのは、本学の本質にかかわりがない。一教育産業の偏差値が話題になることに首をかしげる」
『週刊朝日』 2000年6月23日号
この記事はさらに別のメディアが伝えてこうして「Fランク」大学の登場から四半世紀経ったわけだ。
「Fランク」が登場するまで、これに相当する大学はどのように呼ばれていたか。「三流大学」「底辺大学」などが思い浮かぶ。もっとも、こうした言い方は公の場では憚られ、メディアで見出しになることはほとんどなかった。「三流」視するのは蔑みと受け止められ、さすがにまずいという抑制が働いたのである。上から目線で差別的と批判されるのを恐れ、特定の大学を見下すようなホンネは慎むべきという思いからだ。
しかし、「Fランク」は大学を語る上で業界用語になりつつあり、こうした抑制、恐れ、慎みを取っ払ってしまった。そしてSNSの普及で誰もが発信できるようになってからは、より一層、顕著になっている。受験、学歴をネタに語るユーチューバーたちが、無邪気に「Fランク大学」と喧伝する。彼らは受験生たちの偉大なるインフルエンサーとなりうるので、「Fランク」と呼ばれた大学にすれば、辱められたと受け止めてしまう。だが、「Fランク」はその定義があいまいであり、そして、あまりにも無機質な言葉ゆえ、「大学を傷つけられた」「学生募集に影響を及ぼした」などと反論したり、名誉毀損で提訴したりするのはきわめて困難だ。泣き寝入りするしかない。
これでいいのだろうか。
「Fランク」から派生されたむき出しのホンネによって、大学の現状とかけ離れた情報が伝わってしまう。そのなかには、「幼稚園児」「小学生」、そして「バカ」「アホ」「マヌケ」から、見るに堪えないヘイト的なフレーズまでもある。
さまざまな学部や学科を作って工夫したが、学生募集で苦労している大学教職員がいる。第1、第2志望に受からず、不本意ながら難易度が下位の大学に入学した学生がいる。それでも大学は機能しており、教職員は学生をしっかり教育、指導し、学生はまじめに学んでいる。彼らに対して「Fランク」というレッテルを貼るのは「三流」「底辺」と見下すことと同じだ。そこで学ぶ学生を差別と偏見にさらしてしまい、たいそう傷つけている。それを避けるためにも大学受験用語から「Fランク」はなくしてほしい。
塾や予備校、高校、大学、メディアは、どうか「Fランク」を使わないようにしてほしい。どうか愛情をもって大学を見てください。
教育ジャーナリスト
小林 哲夫さん
1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。著書に『「大学ランキング」のウソ』(宝島社新書)、『日本の「学歴」』(ちくま新書)、『早慶MARCH』(朝日新書)、『「Fランク」大学の真実』(中公新書ラクレ)。近著に『にっぽんの大学』(朝日新聞出版、橘木俊詔氏との共著)。