福島大学の兼子伸吾准教授とドノヴァン・アンダーソン研究員らの研究グループは、福島県の大熊町や浪江町とその周辺に生息するイノシシを対象にDNA分析を行い、震災後に逸出した家畜ブタに由来する遺伝子の広がりを検証。純粋なイノシシとの交配によってブタ遺伝子の割合は低下する可能性が高いことを明らかにした。
東日本大震災と原子力発電所事故によって家畜のブタが逸出・野生化してニホンイノシシと交雑し、分布を拡大している可能性がミトコンドリアDNAの分析により示されていた。これにより、農林業被害や豚熱の拡大、また産子数の増加や人間の活動圏での行動増加の恐れもある。研究グループは、福島県内のイノシシ個体群における家畜ブタ遺伝子の広がりを解明するため、イノシシの形態や生態等に大きな影響を与える核DNAの分析を行った。
分析したイノシシ191個体中31個体(16%)に、祖先におけるブタとの交雑の痕跡を観察。核DNAでの分析は、ブタ由来の遺伝子を高頻度でもつ個体の分布は福島第一原子力発電所付近に限られ、離れるに従ってブタ由来遺伝子の割合は減少していることが判明した。このような減少は、ブタとイノシシの交雑個体がイノシシと交配し、子孫がまたイノシシと交配するという戻し交配によるものと考えられるという。
今回の事例では、核DNAは交雑の影響を次第に失うとみられるが、ブタ由来のミトコンドリアDNAやイノシシの遺伝構造の解析結果は、一度生じた遺伝子汚染などの問題が、イノシシの高い移動性によって急速に拡大する危険性も示唆した。交雑の問題における予防措置の重要性が改めて示されたもので、交雑動態の研究にとって有益な知見としている。