いまメタバースが注目されている。メタバースとは「メタ(超越した)+ユニバース(宇宙)」という意味で、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)環境の中で、利用者がアバター(分身)となって自由に活動したり交流できる「ネット上のもう一つの世界」だ。エンタメやゲーム分野だけでなく教育や医療、福祉などでも応用が模索されているが、教育分野での期待は特に大きい。メタバースを活用した英語教育に取り組む中央大学国際情報学部の斎藤裕紀恵准教授の実践から、メタバース教育の現状と今後の展望について考える。

 

 

VR体験から、メタバース教育に「未来」を実感

 10月19日、千葉県・幕張メッセで開催されたMeta主催による「METAVERSE EXPO JAPAN 2022」のトークセッションに登壇した斎藤准教授は、「教育におけるメタバースの利用可能性」について語った。斎藤准教授は2019年に開設された国際情報学部で外国語教育を担当し、研究テーマはEdTech(Education & Technology)だ。

 4年前にネイティブ講師によるVR英語学習サービス「immerse(イマース)VR」を体験し、感動したという。空港やレストランなどの場面を3D映像で再現した仮想現実空間に没入する中で、アバターを介して英会話学習を行うものだ。現実世界にいるかのようなシーンでの学びは学生の集中力を高め、教育効果も上がるのではと「未来」を実感、導入を決めた。いまではImmerse社の戦略アドバイザーを務め、中央大学・斎藤裕紀恵研究室はMeta社の「XRプログラム・研究基金」から研究支援を受ける日本国内唯一のパートナーにもなっている。

 

 

わくわく感と不安軽減でモチベーションが高まり英語力がアップ

 中央大学国際情報学部では学生は2年次の後半からゼミに配属される。斎藤ゼミでメタバース空間(VR空間)による英語授業を体験した学生の驚きは大きく、その後は夢中になって取り組んだという。当時の感想を、現4年生の堀田添伊さんは「ワォ!」という感じだったと表現する。頭に付けたVRゴーグル・HMD(ヘッドマウントディスプレイ)によって360度三次元の空間に没入し、臨場感ある仮想現実の中で自分のアバターが食べたり着飾ったり、自由に行動できることに「勉強するという意識以前に好奇心やわくわく感がたまらなかった」と言う。

 同じ4年生の渡辺竜世さんは、「アバターで英語ディベートをしたが、自分も含め、相手の顔が直接見えない分、意見が言いやすいという感想が多かった」と、アバターの効用を評価する。事前・事後のアンケートでも英語を話すことに対して、不安が軽減され自信が持てるという声が多い。実際、研究結果では、事前に実施したTOEIC©スピーキングテストと比較して、事後に実施した同テストではスコア(平均点)が10点高かった。斎藤准教授は「英語が使われる場面が鮮明に記憶されるので語彙の習得や長期記憶の保持、モチベーションの向上に繋がる。学生たちの間に仲間意識が生まれることにも注目している」と語る。授業後には学生の感想や意見をまとめ、Immerse社にもアイデアを提案している。immerseのプラットフォームにある学生が集まってミーティングやゲームなどのできる仮想空間「ソーシャルラウンジ」は、だが、このうちの一つが実現したものだ。

 

 

学生がレッスンプランを作成し、教師役となって下級生を指導

 堀田さんら4人のゼミ生は、3年次には自分たちが教師役になり、自作のカリキュラムで8人の2年生を指導した。5月頃からVRについて研究し、グループで話し合いながらレッスンプランを作り、夏休みも返上でImmerseを使った英語レッスンのプログラムを完成させた。堀田さんは、自身が体験したわくわく感を大事にしたいと、シミュレーションゲームのように楽しんで英語が学べるカリキュラムにしたと言う。たとえば、ファーストフード店で学生がお客さん役と店員役になり、店員役ならハンバーガーを渡したり、レジを打ったりと、実際の場面に近い形で学べる。この経験から堀田さんは、メタバース教育は教育実習に活用できるのではないかとも感じたという。さまざまな業界での職業トレーニングにも応用できそうだ。

 斎藤准教授は20人1クラスの1年生の英語授業でも、スマホを前面にはさんで使う簡易版でメタバース空間を体験させている。授業に関連する場所を360度の映像として写し、たとえばニューヨークの街並みを歩く、エベレストに登る、海の中に潜る、コンサートを聴く、SDGsの活動を見るなどの行動をアバターとして体感するのだ。これは教科書の内容を深く考えるきっかけにもなると斎藤准教授。また学生が仮想空間の中で目にするものを英語で説明し、他の学生がそれを聞きながら絵を描くこともできる。

 

 

インターンシップや大学間交流にも活用、将来は不登校児支援プロジェクトも

 斎藤准教授は中央大学で「国際ICTインターンシップ」という米シリコンバレーの企業を訪問する海外留学プログラムも担当している。2021年度は、コロナ禍で学生を派遣できなかったが、2022年度は現地派遣に備え、事前研修という位置づけでメタバース空間を利用したプログラムを実施した。シリコンバレーにあるIT企業のGAFA(Google、Apple、Facebook=現Meta、Amazon.com)、Zoom、Netflixなど11社による、AIの有効活用や倫理的課題などに関するオンライン講演を聴いた他、VRを用いて英語によるディスカッションやディベート、プレゼンテーションの練習を行った。2023年2月には2週間のプログラムでシリコンバレーに学生9人を派遣する予定だ。

 また、斎藤ゼミでは、これまでWeb会議システム「Zoom」を使い、アメリカの大学と国際言語文化交流を行っているが、2023年からはメタバース空間を利用しようと計画している。メタバース空間内に大学のキャンパスを360度の動画で実現し、そこで両大学の学生の交流を図り、それを様々な問題解決型のプロジェクトに発展させたいとしている。

 斎藤准教授はまた、教育問題の解決に向けてもメタバース教育を活用したいと言う。ゼミ生や1年生の中には不登校児を支援したい学生がいるが、アバターを使うメタバース空間は、不登校児の心理的負担を少なくできるのではないかと考えているのだ。ゼミのプロジェクトの一つとして取り組むべく、不登校児を支援するNPO・NGOとのコラボレーションなども計画している。

 

高校や英会話学校にも広がるメタバース教育

 メタバース教育は大学教育以外でも急速に進んでいる。東京大学工学部は2022年9月、主に工学分野について学ぶ講座からなるメタバース教育プロジェクト「メタバース工学部」を開設した。中学・高校生向けの無料講座「ジュニア工学教育プログラム」や、法人単位で受け付ける有料の社会人向け講座「リスキリング工学教育プログラム」がある。前者は保護者や教師も参加可能で、メタバースを実際に作る授業や飛行ロボットを作って飛ばす授業もある。後者は人工知能、次世代通信、起業家教育の3分野で構成され、新しい知識やスキルについて学ぶ。

 大正大学は全国の高校生と在学生がコミュニケーションを図る「大正大学バーチャルキャンパス」を、新潟医療福祉大学は「メタバース型オープンキャンパス」を開設し、VR技術を使って高校生との繋がりを深めようとしている。授業や留学前教育に利用する大学も増えており、講演会やミーティング、ワークショップへの利用も広がる。

 高校レベルでは、オンライン学習中心の通信制高校、N高等学校・S高等学校を運営する「角川ドワンゴ学園」が、メタバースを活用したプログラム「普通科プレミアム」を実施。2千本を超えるメタバース授業を用意し、入学式もメタバース空間で実施した。そのほか、英会話教室を展開するAEON(イーオン)はメタバースを活用したオンライン英会話プログラム「AEON VR」を実施している。

 

 

メタバースによって大きく変化する学習スタイル

 スマートフォンやタブレットの普及によって若者の学習スタイルは変わりつつある。授業では紙のノートに字を書くのではなく、スマホで講義スライドを写したり、スライドデータに検索タグを入力したりして「ノートを取る」学生が増えているという。いまのところメタバース空間ではノートは取りにくいが、授業の大切な部分をメモしたり感想を音声で入れたり、振り返り用検索タグなどを残したりはできる。また調べ物をし、シミュレーションし、発表し、議論し、交流することも可能だ。今後の技術革新いかんでは、メタバース空間がさまざまな情報を集積できるスマホ同様、「外部脳」になると予測する学生や研究者もいる。

 メタバース教育はまだ試行錯誤の段階にある。しかし、実践の蓄積で教材が充実し、技術革新によって導入費用が下がる、一方で学習者がめまいや頭痛を感じる“VR酔い”への対応や、個人情報保護などの体制整備が進めば、その普及に弾みがつくだろう。

 

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