2.「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)について

まず、次期学習指導要領の下で学習した生徒から本格実施されることになり、安堵しています。高等学校で指導されていないこと(「知識・技能」だけでなく、「思考力・判断力・表現力」も問う)をもとに評価・選抜するのは筋違いで、現行の教育をあまりにもないがしろにしていると思います。

記述式の問題の実現は疑問です。本校の国語の定期テストはほとんど記述式であり、そのために教員は必死の思いで問題を作り、試験が終わると必死の思いで採点しています。そしてこれを3年間継続することで力を伸ばせていると思っています。しかし、少なくともこのレベルの記述問題がそう簡単にできるとは思えません。採点にも膨大な時間が必要ですし、膨大な回答を同じ基準で採点できるかも疑問です。結果として、非常に低レベルの問題にするしかなくなり、学力を問う問題にはなりえません。また、答えが一つに定まらない問題を作成するとか、難易度を広範囲に設定し選択できるようにする、また複数回行い評価を等化するとされていますが、それらがはたして可能なのか。さらに、受検者には多段階表示で、大学にはパーセンタイル値を提示というのは不合理に感じます。

鈴木政男 校長先生(千葉県立千葉高校)

鈴木政男 校長先生(千葉県立千葉高校)

 

入試制度改革の前に、教育のあり方全体を根本的に見直したい。加えて、大学はアドミッションオフィスの充実を

吉野明校長先生(鷗友学園女子高校)

本校の常務理事・東京私学教育研究所長の清水哲雄が、親友の京都大学医学部教授との会話として教えてくれた話です。「最近、医学部に入ってくる学生は、点数は取るのかもしれないが何のために医学部に来たか、何をしたいのかが全然わかっていない。高校では何を教育しているんだ」。「いや、本校ではこういう教育をしているが」。「そういう学生に来てほしいものだ」。「じゃあ、うちからの受験生をどんどん入れてくれるかな」。「点を取ってくれればね」。

最後の所は冗談ですが、このような構造に風穴を開ける改革が、いま行われようとしているのだと思います。高大接続改革の動き、また学習指導要領の方向性は、教科中心主義から児童中心主義への流れの再来とも見えます。もちろん、背景には1990年辺りから始まる世界規模の政治・経済・社会の大きな変化があり、多様な価値観が共存する世界で、新しい世界を共に創っていく力を育てるという目標があります。日本の教育が、これから大きく変わらなければならないことは、世界の流れから見て当然であり、むしろ遅すぎたと言わざるを得ません。

しかし、いま行われようとしている入試や教育改革は、財政面や人的資源から見て、国レベルでも、各高校・大学レベルでも可能とは思えません。教科中心主義の学習指導要領の体系や教員養成制度などをそのままにして、アクティブラーニングなどを導入しようとしてもそもそも無理があります。各学校での評価をどうするか、その評価を高大接続においてどのように活用するかなど、これから現場で研究しなければならないことは沢山あるはずです。国際バカロレア200校計画がなかなか進展しないのも、学習指導要領や教員養成制度の教科中心主義がネックになっているのではないでしょうか。教育のあり方全体を根本的に見直すことなしに、しかもその財政的な裏付けなしに、世界の動きに乗り遅れまいとして、拙速で表面的な制度改革にならないことを願います。

大きく変化していく世界の中で、どのような世界を創っていくのかを、異質な他者と対話しながら、しかも主体性を持って提案し、行動していかなければならない子どもたちに、自信を持ってそれに対応できる力をつけていくためには、日本の社会の構造まで含めた根本的な議論を、時間をかけて行う必要があるのではないでしょうか。

ここのところ、文部科学省は実施する方向を矢継ぎ早に発表していますし、各大学も入試制度の改革を具体化し始めています。そしてマスコミの報道は、それらの動きのある部分だけを追いかけ、問題点やあるべき教育の方向性などについてはほとんど触れてくれません。そのような報道は、保護者にとまどいや不安を与えるだけですし、高校の教員はどのようにすれば子どもたちに過渡期の不利益を与えないですませられるか、子どもたちの動揺を抑えられるかに腐心しています。

私が京都大学に期待するのは、単に表面的な大学の制度改革、入試改革だけにとどまらず、日本のこれからのあるべき姿、教育の果たすべき役割を全学的な規模で発信し、教育改革をリードしていただきたいということです。さらに高大接続のところでは、ぜひ一人ひとりの受験生の総合的な力を、しっかりと判断できるだけの人材を確保していただきたいということです。どの大学も、予算がどんどん削減され、「リストラ」が進んでいくように見えますが、文科省がいま行おうとしていることを本気になって現実のものにするには、絶対に人は削れないことを表明し、他大学も、いや国民全体も巻き込んで、アドミッションオフィスの充実に取り組んでほしいものです。

吉野明 校長先生(鷗友学園女子高校)

吉野明 校長先生(鷗友学園女子高校)

 

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京都大学

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