不確実性が増す社会の中で、大学に求められる役割も変わりゆく

人口減少が進む昨今。地域を取り巻く課題は、複雑さを極めています。さらにコロナ禍によって社会の不確実性は一層高まり、変化に適応する力の重要性が浮き彫りになってきました。

そのような状況下において、知の拠点たる大学に求められる役割も変わりつつあります。「地域の核となり、教育と職業、教育と新たな産業を結びつけていく」
これからの大学には、人材育成の取り組みがますます期待されていると言えるでしょう。地域や社会に変革をもたらす人材を輩出するためには、大学内で完結するのではなく、地域企業とも連携した出口一体型の人材養成が必要となります。

 

 

地域基幹産業を再定義・創新する人材創出プログラム「ENGINE」プログラムとは?

信州大学は、富山大学・金沢大学とともに地域基幹産業を再定義・創新する人材創出プログラム「ENGINE」を令和2年度から立ち上げました。
キーワードは、連繋・創新・突破。交通・食・観光・インフラなど、これまで地域を支えてきた基幹産業を、さまざまな地域・セクターとの『連繋』によって捉え直し、次代の基幹産業の『創新』にチャンレンジする人材を育成することで、現状を『突破』し、魅力ある地域社会へと導いていくことを目指しています。

 

 

この「ENGINE」プログラムには、3つの特徴があります。
1つめの特徴は、県域を越えた広域の教育プログラムであること。これまでの地方創生は、都道府県や市町村といった単位で行われてきました。しかし、ENGINEでは、そのような従来の地方創生の枠組みを超えて、3大学・3県・3県域の企業と協働して地域の課題解決に挑んでいます。

 

 

2つめの特徴は、地域に求められる変革人材の要件を「ルーブリック(=人材能力評価指標)」として定義したこと。連携・創新・突破という3つのキーワードを体現する変革人材とは、どのような能力を持っているのか。そのことを明らかにするために、地域企業を対象にWEBアンケートやインタビュー、ワークショップを実施。8つの項目からなるルーブリックを作成しました。このことによって地域の変革人材となるにはどのような状態を目指すべきなのか、主体者がどこまで達成できているのか、客観的に評価することが可能になります。

 

 

3つめの特徴は、それぞれの学年に合わせて段階的に教育機会を提供していること。1年ずつ3つのフェーズに分けて、3大学共通のフレームワークを設定しています。1年目は、リテラシー強化フェーズ。地域企業で働く意義に触れつつ、俯瞰して物事を把握するための「データ・オリエンテッド」な思考力を養っていきます
2年目は、キャリア形成フェーズ。実際に地域で働く人々と交流し、社会で働くときにはどのようなことが求められるのか、働くことに何が必要なのか、といったことを理解していきます。
3年目は、実践力強化フェーズ。プロジェクトベースドラーニング(PBL)を実践するかたちで、地域の企業課題を解決するための3大学協働インターンシップに取り組んでいきます。

 

 

悩みながらも現状を「突破」していった、2021年度「ENGINE」プログラム

2021年度の「ENGINE」プログラムでは、実践力強化フェーズにあたる企業課題解決型インターンシップ・プロトタイプを実施しました。今回のプログラムの目標は、「2022年度以降、『ENGINE』に参加し、地域基幹産業を再定義・創新する人材になりたいと思う“きっかけ”になるようなコンテンツを創出すること」。具体的には、地域を取材し理解を深め映像コンテンツを完成させることを通じて、学生自身がルーブリックを意識・体現しながら変革人材へと成長していくこと、さらには今後変革人材となりうる後輩たちへバトンをつないでいくことを目指した半年間のプログラムです。

参加したのは、19名の学生たち。大学横断型で上級生チーム3つ、1年生チーム1つの計4チームを組織しました。上級生のチームはそれぞれの地域企業で活躍する変革人材を取り上げた映像コンテンツを、1年生チームはそれらの上級生の姿を取り上げた映像コンテンツを制作します。それぞれのチームには各大学の教員、もしくはプログラム設計に携わっている株式会社リンクアンドモチベーションのメンバーがアドバイザーとして入り、学生たちにフィードバックを提供していきました。

 

 

学生の中には、映像を制作した経験も、企業と制作活動する経験がない人がほとんど。その中で、どのような映像コンテンツにするか企画を立て、地域企業にコンタクトを取り、内容を提案し、インタビューを実施して5分の映像でまとめるという課題が課されました。しかもコロナ禍ということもあり、学生同士のコミュニケーションはほぼオンライン。そのハードルは、決して低いものではありません。
チームビルディングからスタートしたものの、早速悩む学生も多くいました。

「チームを組んだものの、他大学のメンバーも多くて、お互いどんな人かわからない状態。だからグループLINEの使い方から議論になりました。たとえば、事務連絡に限定して効率よくタスクを消化していきたいという人たちと、雑談を含めてカジュアルに連絡し合って人間関係を構築していきたいという人たちがぶつかってしまって。この状況をどうしたらいいんだろうと戸惑うこともありました。」

しかし、このような状況下でも、自身の手によって、たくましく現状を「突破」していきました。

「タスクを消化していくことも、人間関係を構築することも、よく考えたらどちらも大切なんですよね。だから、両方の想いが実現できる手段を模索しました。そして、『会議前にアジェンダをつくる』という解決策に辿り着いたんです。」

 

 

また、プログラム中、特に特徴的だったのは、学生たちの高いコミットです。大雪が降りしきる中、地元テレビ局に通ってアドバイスを請いにいく学生もいました。どうしてここまで学生が高い熱量でコミットすることができたのでしょうか。プログラム作成に携わったリンクアンドモチベーション社の樫原さんは話します。

「僕たちもあえて学生に求める水準を高く置いていました。コロナ禍で制約もある中、妥協しそうになったけれど、そこは学生自身の成長のためにもあえて飲み込んだ。学生たちは、よく付いてきてくれたと思います。また、その背景には教員の方のフォローも大きいですね。それが学生自身の気づきや後押しにもつながったはずです。」

 

 

 

 

そして、プログラムは進み、企業インタビューへ。どのような社員を企業にアサインしてもらうか人選を指示するところから、質問項目の作成、実際のインタビュアーまで学生が一貫して取り組んでいきました。その過程でも多くの学びがあったといいます。

「インタビューをしていると、その人にしかない価値観に気づくときがあります。そのことがとても良い経験になりました」と、多様な価値観に触れたことで視野が広がった学生もいれば、「大切なのは、自分が何を伝えたいかではなくて、相手が何を伝えたいか。そのために相手が語りやすい状況をつくろうと集中するようになりました」と、インタビューの奥深さに触れた学生も。異なる他者と関わり合う「連繋」の重要性を、強く認識したようです。そして、慣れない映像編集も、スキルをキャッチアップしながら敢行。プログラムの集大成として9本の企業取材動画と3本の学生取材動画が制作されました。

 

 

 

 

プログラムを終えた後に見えた景色とは?

半年間のプログラム終了後は、学生と教員がオンラインで集い、振り返りミーティングを実施。ルーブリックに照らし合わせてそれぞれの学生の学びをフォローアップしました。信州大学2年生の小古井さんは、ルーブリックの項目の中から特に伸ばしたい力として「巻き込む力」を挙げました。

また、金沢大学の4年生の増田さんは、
「プログラムを通じて感じたのは、頼ることの重要性。ついプライドが邪魔して自分の力で成し遂げようとしてしまうけれど、できないことは『できない』と口にすることで物事も前に進むし、自分自身もラクになりました。人に頼ることで、自分が想像していないところに辿り着けたり、関係する人を巻き込めたりするのだなと思いました。」

 

 

そして、教員からも熱いエールが飛び交います。

「きっとみなさんは高い山に登ったのだと思います。そこから見える景色はみなさんだけの経験です。登ったから終わりではなく、その景色がどんな景色なのかをぜひ後輩たちに伝えていってください」

「ぜひ『自分の使命は何だろう?』というところまで想像してみてほしいです。自分が社会に対してどんな価値を提供したいのか。その未来像を見据えた上で取り組む小さなチャレンジが、周りに大きな影響を与えます。ぜひ同世代の一歩先を走り続けてください。」

 

 

最後に、学生一人ひとりが抱負を語って2021年度の「ENGINE」インターンシップの報告会は終了。そこでは、視座が高まった学生たちの率直な想いが語られていました。

「僕は、ルーブリックの『変わり続ける力』を伸ばしたいです。そのためには、どう変わりたいかを明確にすることが大切。自分の内側を深掘りしながら、追求していきたいと思います。」

「これからは誘われる立場ではなく、自分で旗を立てて、誘う立場になっていかなければならないと思っています。『ここにこんな学びがあるぞ』という気づきを伝えて、巻き込む“きっかっけ”に自分自身がなっていきたいです。」

「正直、これまでの学生生活では『働くなら地方よりも東京でしょ』と思っていました。でも『ENGINE』に参加してから、地方の価値を感じるようになりました。東京で就職する予定だけれど、いずれは地方に関わらなければいけないという使命を感じています。ここに集まった人間は、みんなそういう想いを抱えている仲間だと思っています。」

 

 

人材育成から地域課題解決へ。新たな「ENGINE」に向けて。

2年目を迎えた「ENGINE」プログラム。打ち立てた成果は、決して小さなものではありません。県域を越えて、地域の人材育成に取り組むスキームをつくったこと。地域企業が自らのビジネス課題解決のためではなく、地域課題解決のために、人材育成にコミットするという実例を生み出したこと。県域やセクターを超えた、このような取り組みは、これまでにない新たな地域課題解決の可能性を提示していくはずです。

2022年度以降は、いよいよ人材育成だけでなく、実際に地域課題の解決にも向き合っていきます。2021年度で生み出された成果を糧に、「ENGINE」は今後も進化していきます。

 

信州大学

地域社会、グローバル社会における豊かな人間力と実践力のある人材を育成

信州大学は、長野県内に5つのキャンパスを擁する、広域型キャンパス型の総合大学。人文学、教育学、経法学、理学、医学、工学、農学、繊維学の8学部で構成され、幅広い教養と基礎的能力を修得する教育や研究を行っています。学部を越えた共通教育や、自然豊かな信州の地域性を活[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

大学ジャーナルオンライン編集部です。
大学や教育に対する知見・関心の高い編集スタッフにより記事執筆しています。