「研究第一」「実学尊重」「門戸開放」3つの建学の理念を今に伝える国立大学
日本の産業競争力の低下を受け、大学の研究、中でもイノベーションにつながる研究に改めて大きな期待が寄せられています。
本学は1907年、東京大学、京都大学に次いで3番目の国立大学として設立されましたが、最初に、「研究第一」を掲げた大学でもあります。別の記事「スピントロニクスとは?【東北大学総長 大野英男先生 】」でご紹介した半導体や電気通信に関する研究だけでなく、金属工学や医学など自然科学分野で輝かしい実績を積み重ねてきました。
これらの研究成果は本学のもう一つの理念である「実学尊重」をそのまま具現化したものです。「実学尊重」は「社会価値の創造につながる学問」という意味ですが、まさにこれは、今求められているイノベーションにつながる研究でした。科学の新発見・新しい技術の開発によって社会に新しい価値をもたらすのです。
また人文・社会科学系について言えば、本学は1922年、法文学部を設置して総合大学になりましたが、ここからは国際司法、国際海洋法、国際刑事の3つの国際裁判所の判事を輩出しています。これは世界的にも珍しいことだと言われています。
本学のもう一つの理念である「門戸開放」は、今日的な文脈ではダイバーシティの尊重と言えます。東北大学は1913年に日本で最初に3名の女子学生を受け入れた国立大学です。日本の国立大学は今、東京大学や京都大学をはじめ、女子学生比率や女性教員比率をなんとか高めようと努力しています。本学の場合、現在の女子学生比率は30%、女性教員比率は約20%に近づいていますが、まだまだ物足りないと感じています。個人的には、自然な姿はいずれの指標においても50%前後だと考えています。
学生や教職員の受け入れにおいても、ダイバーシティで先駆的な大学です。中国の小説家、思想家の魯迅(1881年~1936年)が、本学の前身である仙台医学専門学校に留学生として在籍していたことはあまりにも有名です。
また国内においても、帝国大学には旧制高校からしか入学できなかった時代に、それ以外のルートからの進学を許可しました。その中から、茅誠司(1898年~1988年 第17代東京大学総長)や松前重義(1901年~1991年 東海大学創立者)などを輩出しています。最近では『ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI:Diversity equity&inclusion)推進宣言』を発出して、さらなる多様性、公正性、包摂性の尊重と、それらの力を信じることをアピールしています。
東日本大震災の経験が部局間の連携を強め、コロナ禍の迅速な対応につながった
11年前の東日本大震災では本学も大きな被害を受けましたが、それは本学が変わる転機にもなったことは確かです。最初の頃の帝国大学は、その下に理科大学や医科大学を擁していました。また明治や大正時代にできた単科大学や専門学校が、その後統合されたケースもあります。
これが一般的な学校との違いで、大学以下の教育機関からは理解しにくい一つの側面になっているようです。多くの大学では、学問の仕方も異なることもあり各部局(学部などの教育・研究組織)の独立性を重んじた気風が残っています。
本学は、東北帝国理科大学、医科大学などからスタートしました。そのため大学のトップは、学長ではなく総長と呼ばれます。しかしグローバル化が進み、社会の諸課題が複雑になると、学部や専門領域を横断した取組が、これまで以上に求められます。
東日本大震災は、こうした中で大学が横につながる大きなきっかけでした。急務だった沿岸部の救援、復興には各部局が真っ先に横につながりました。各教員の専門を超えて求められることが多く生じたため、必然的に様々な形で横のつながりが生まれたのです。その結果、学内には自然発生的に100を超えるプロジェクトが生まれ、その後大学としても8つの復興アクションをスタートさせて、復興と新生に向けた重点研究の推進と社会実装を継続して進めてきました(※1)。
コロナ禍に見舞われた2020年春には、この部局横断的な取組の経験が活かされました。アルバイトができず困窮する学生への給付はもとより、上級生が、大学生活に不慣れな新入生を様々な側面からサポートする『ピアサポーター制度』を4月に作り、約2,300人のサポーターが集まりました。
また同時に、全学生に『アドバイザー教員』を配置しました。その結果、学生が多くの問題を抱えがちなコロナ禍にあっても、本学は2020年から2021年度の退学率を平年並みに抑えることができました。ピアサポーターは、今年度も約2,500人が登録されていて、約2,500人の新入生に対応できるようになっています。
東北大学のDX「東北大学ビジョン2030」をアップデートし、「コネクテッドユニバーシティ戦略」を策定
コロナ禍ではデジタル化も一気に進みました。大学業務の《印鑑フリー》《働き場所フリー》《窓口フリー》の体制が整い、教職員は、必要なら100%在宅勤務ができます。2020年7月には、「東北大学ビジョン2030」をアップデートし、デジタル技術を使った「コネクテッドユニバーシティ戦略」(※2)を策定しました。
いわゆる大学DXで、サイバー空間での本学のさらなる広がりを目指すものです。こうした場を提供することで、学生・教職員が距離、時間、国や組織、文化や価値観を超えて成長してもらいたいと考えたのです。
大学は一つのコミュニティです。かつては閉ざされた社会と言われてきましたが、これからは、ある意味で社会のロールモデルを目指すべきだと考えています。ウクライナ支援も、国際社会や自分たちがこれから作り上げていく社会を考える契機となると思います。
女子学生や女性教員の割合を増やすのもその一つ。最近では、本学独自に男性の育児休暇制度も整備しました。大学は、本来あるべき社会のあり方を示し、その実現を目指していると感じてもらえるようにしなければならない。これも「門戸開放」の一つだと考えています。
国立大学の入試改革をリード 学力重視のAO入試による入学者は30%に
2000年にAO入試を導入。20年以上かかりましたが、昨年、その割合が30%に達しました。本学で学ぶのに必要な基礎学力を問うのに加えて、自身のやりたいことと本学で学ぶ強い意志を問うもので、すでに「学力重視のAO」と広く認知されているようです。
長年に亘って、AO入試で入学してきた学生の成長を追跡調査してきましたが、大学における様々な活動場面で、彼らは意欲ある集団を形成し全体を牽引してくれているようです。本学が、先頃の大学入試改革、高大接続改革への対応で慌てることがなかったのはこのためでもあります。
もっとも総合型選抜は選考に手間がかかるため、入学希望者全員を対象にすることは現状ではできません。また一般選抜を残しておくことは、社会との間接的な対話という意味でも、一定の意義があるとも考えています。
【高校生へのメッセージ】
好きなことを追求し、考えることを好きになってほしい
好きなことは問いません。スポーツでも読書でも、みなさんの周りに無駄なものは何一つないと思います。大事なことは、それに熱意を持って一生懸命取り組むことです。
考えることもたくさんあります。「なぜこういう現象が起こるのか」「その背景にはどんな構造があるのか」、スポーツなら「こんな動きはどうすればできるのか」、また社会の仕組みや構造、起きている事象の背景などについて考えるのもいいでしょう。あるいは、自然をそのまま受け止めて別の形で表現してみる。とにかく考えること、そしてそれを楽しんでほしいと思います。
みなさんの探究活動も、「教えられている」と思うと≪つまらない≫が先に立ち、問題意識もあまり高くならないかもしれません。それよりむしろ、好きなことに、「もっと知りたい、もっと別なアプローチはないか、別の解決ルートはないか」などと考えていく方が楽しいのではないでしょうか。
高校時代にこうした習慣や姿勢を身につけておくと、大学に入学した後にさらに大きく飛躍できます。大学が提供する場を120%活用でき、その後の人生もずっと豊かなものになるに違いありません。
東北大学総長
大野 英男先生
1982年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1982年北海道大学工学部講師、1983年北海道大学工学部助教授、この間に1988年~1990年 アメリカ合衆国 IBM T.J.Watson Research Center客員研究員。1994年東北大学工学部教授、1995年東北大学電気通信研究所教授(2013年~2018年 所長)。あわせて2010年東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長、2010年東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者、2012年東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター教授、2016年東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター長。2018年から現職。専門分野:スピントロニクス、半導体物理・半導体工学。北海道札幌南高等学校出身。