半導体不足が、車や電気製品の製造に影を落としていますが、これは国内の製造拠点が縮小する中、コロナ禍で海外からの供給が滞ったことも一因と言われています。かつては「産業のコメ」とも言われ、その生産がお家芸とも言われていた日本。これを期に、国も企業も国内生産体制の再構築に乗り出しています。

 

 

 半導体の技術開発に、初期の段階から今日まで大きく貢献してきた大学の一つが東北大学。戦前から金属材料や電気通信分野に強みを持っていましたが(※1)、戦後、その伝統を受け継いだのが「ミスター半導体」と呼ばれた西澤潤一(1926年~2018年)第17代総長。「光通信の父」、日本の光通信の生みの親でもあります。

 フラッシュメモリー(半導体メモリ)の開発者舛岡富士雄(1943年~)教授はその学生。また1977年に、岩崎俊一(1926年~)教授が提唱した垂直磁気記録方式は後にハードディスクとして実用化されました。そして21世紀に入り、スピントロニクスと言われる新しい分野で、基礎研究から応用技術の開発まで、数々の業績を上げてこられたのが第22代総長の大野英男先生です。

 スピントロニクスとは、スピンとエレクトロニクス(電子工学)から生まれた造語で、電子の持つ電荷とスピンの両方の性質を同時に使うための研究と技術。大野先生によれば、自分の研究は、「磁性を持たない半導体と磁性体(磁石)を物質レベルで融合し、磁性を持つ新しい半導体を創成し、その現象を解明する基礎的研究と、磁性体の素子と半導体素子とを組み合わせた集積回路を作る応用面的研究」の両輪で進めてきたとのこと。

 それをプロセッサ(CPU:中央演算処理装置)やメモリー(一次記憶装置)に使うと、電源を切ってもデータが消えない(《不揮発性》)ことから待機電力を0にでき、しかも書き込み・読み取り速度が早いことから、これまでのコンピュータの100倍以上の省エネルギー性能が得られるとされます。省電力かつ高性能で、脱炭素社会へ向けての有力な技術と期待されています。

 技術的ブレークスルーは、普通では横になる電子のスピン(磁気の向き)を基板の面に垂直に揃える、つまり「横のものを縦にする」ことだったと大野先生。当時は、デバイスの性能を向上させるために絶縁体を挟む新たな垂直に揃える材料が世界的に探索されていたが、なかなか思った成果が出なかった。そのような中、大野先生は、誰もが使っていた一般的な材料を別な目的で《システマチックに薄く》していったところ、ある薄さで磁気が自然に垂直に揃ったのです。

 同じ頃、「磁気の向きが垂直になった!」という学生の報告を信じなかった海外の研究仲間もいたそうで、「思い込みとは本当に恐ろしい。そして何よりもみんなが求めていたものを、一般的な材料でできることを示せたのが大成功」と大野先生。

 「≪横のものを縦にする≫とは、岩崎先生が垂直磁気記録方式を提唱した時にも言われていたこと。また半導体と磁性体を掛け合わせた研究は西澤先生にもつながる」と、大野先生は感慨深げ。

 

 

 2010年、大野先生は論文を投稿するとともに、ライバルに先駆けること3ヶ月、スピントロニクス技術を応用した磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)の基本構造に関する特許を申請。その後それは世界標準の材料系となり、2018年ごろからは本格的に実用化が始まりました。研究室を受け継ぐ深見俊輔教授らは今、大野先生の研究を発展させ、脳のように柔軟な情報処理のできるコンピュータや、超難問を手軽に解けるコンピュータなどへの応用も進めていて、日本の半導体集積回路の新展開になるのではと期待されています(※2)。

 「研究には、ものの詳細を理解するために本のページを一枚々々めくっていくような楽しさがある基礎研究と、がん研究のように、明確な目的の下にその実現を目指すものとがある。前者には目標も期限もなく、後者は厳しい競争に曝される。しかしどちらも成果を人に先駆けて示さなければいけないことは一緒。負けた時は口惜しく、勝った時は大きな達成感を得られる。私はその両方を経験できて満足。磁性体を薄くしていく時には、まさに前者の研究が活きた」と大野先生。

 

 

「スピントロニクス」を学べる大学・研究室

・北海道大学工学部/情報科学院ナノ電子デバイス学研究室
https://www.ist.hokudai.ac.jp/labo/nanodev/

・東北大学 工学部/材料科学総合学科 水上研究室
https://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/mizukami_lab/index.html

・筑波大学 数理物質科学硏究群 大野研究室
http://www.bk.tsukuba.ac.jp/~oono/

・東京大学 工学部/電子情報工学科 田中・大矢・中根研究室
http://www.cryst.t.u-tokyo.ac.jp/

・東京工業大学 理学院/物理学系 佐藤研究室
https://satoh.phys.titech.ac.jp/

・慶應義塾大学 理工学部/物理学科 能崎研究室
http://www.phys.keio.ac.jp/guidance/labs/nozaki/index.html

・京都大学 工学部/電子電気工学科 白石研究室
https://cmp.kuee.kyoto-u.ac.jp/member.php

・大阪大学 基礎工学部/基礎工学研究科 浜谷研究室
http://www.semi.ee.es.osaka-u.ac.jp/hamayalab/index.html

・九州大学 工学部/システム情報科学研究院 湯浅研究室
https://mag.ed.kyushu-u.ac.jp/index.html

 

※1:1916年、東北帝国大学理科大学(後の東北大学理学部)に臨時理化学研究所第2部が、磁性鋼であるKS鋼の発見で知られる本多光太郎博士を研究主任として発足し、後に金属材料研究所となる。また1919年には工学部電気工学科が、1935年には電気通信研究所(RIEC)が開設されている。
※2:この3月、深見俊輔教授は、「人工制御による物質・材料の『知能』の発現とコンピューティングへの展開」というテーマで、稲盛科学研究機構(InaRIS)フェローに選出された。スピントロニクス技術に立脚した新規コンピューティング開発を世界的にリードしてきたことも高く評価されてのことだ。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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