法学部離れ、日本の将来は大丈夫か

2023年、中央大法学部のキャンパスが多摩から都心(文京区茗荷谷)へ移ってきた。これによって千葉、埼玉、神奈川の高校生が受験しやすくなった。それは数字にも示された。中央大法学部の一般選抜の志願者数は前年比で402人増えている。一方、大学関係者のなかには、「中央の法」というブランド力か1000人以上の増加を見込んでいた者もいた。

だが、これが現実である。ここ数年、法学部の人気がなくなっているからだ。
2023年の一般選抜入試では、おもな私立大学法学部が軒並み志願者を減らしている(いずれも前年比)。◆青山学院大725人、◆慶應義塾大39人、◆明治大412人、◆立教大2598人、◆早稲田大332人

東京大法学部も人気がふるわない。東京大は入試では科類で募集している。法学部に進学するコースの文科一類は、文科二類(おもに経済学部進学コース)、文科三類(おもに文、教育学部進学コース)より、合格最低点で10~20点高かった。つまり、東京大法学部は文系でもっとも難しかったのである。

ところが、昨今、異変が起きている。科類ごとに合格最低点をみると、2019年、文科二類が文科一類を初めて上回った。2020年には文科一類が逆転したが、2021年、22年は文科二類に加えて文科三類まで文科一類を上回ってしまう。いうなれば、この2年間、東京大では法学部よりも経済、文、教育学部のほうが難易度は高かったわけだ。
2023年、文科一類は二類、三類を上回った。だが、かなりの僅差であり、来年以降、いつひっくり返されるかわからない。

なぜ、法学部の人気はなくなったのだろうか。卒業後の進路と関係がありそうだ。
法学部は法学教育がメインとなっている性格上、出身者には法曹、国家公務員が多い。両者の志願状況から、法学部志望との因果関係を見出すことができる。

まず法曹である。弁護士、検事、判事の仕事に就くためには、一般的には法科大学院に通って司法試験に合格しなければならない。ところが、法科大学院入学志願者は4万1756人(2006年)→2万414人(10年)→1万1450人(14年)→8058人(18年)→1万633人(22年)となっている、2014~21年の間はずっと1万人台を切っており、低調といえる。

この数字は司法試験受験者数にも当然、はね返ってくる。その数は8015人(2014年)→5238人(18年)→3082人(22年)と右肩下がりを続けた。法科大学院通学に時間とお金がかかるから、避けられたとの見方もある。

このように司法試験受験者数が少なくなるのは、日本の社会にとってかなりまずい状況になりはしないか。将来、弱い立場の人たちを守ってくれる弁護士が足りなくなってしまう。こう考えると、暗たんたる思いを抱いてしまう。

そして、国家公務員である。国家公務員総合職、いわゆるキャリアになるための採用試験の申込者数(院卒者試験と大卒程度試験の合計)も減少しており、2012年の2万5110人が2022年には1万8295人と、10年で4割近く少なくなっている。なかでも東京大の落ち込みは顕著で、459人(2014年)→433人(16年)→329人(18年)→249人(20年)→102人(22年)となっている。

そもそも東京大は前身である東京帝国大学時代において、官僚養成色を強く打ち出してきた。教育目標で「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授・・・」(帝国大学令)と謳っている。「須要」とは、「なくてはならないこと」である。つまり、東京大の役割は、国家にとって必要なことに応えるための専門分野を教える、平たく言えば政策を考える専門家=官僚を養成する、というものだった。

ところが、官僚はすっかり人気がなくなってしまった。さまざまな理由、背景がある。

深夜まで公的文書作成に追われるなどの労働環境の厳しさ、国会の委員会で対応する官僚のしどろもどろな様子、国民の疑問に応えようとしない姿勢に、いまの東京大の学生は職業としての魅力を感じなかった、ということだろう。

それでは東京大など難関大学から法曹や官僚を目ざしていた層はどこへ行ったのか。金融、商社、ソフトバンクや楽天など新興のIT企業は人気が高い。そして、能力に応じて高給が保証される外資系金融、コンサルティング会社が注目されている。

東京大法学部教授からこんな話を聞くようになった。「クラスでもっとも優秀な学生は財務省、というのは過去の話になりつつあります。最近では頭抜けて切れる学生がゴールドマンサックスやマッキンゼーを選びますからね」。

法曹や官僚に優れた人材はいなくなって、日本社会の将来は大丈夫か。危っかしいとんでもない政策が横行しないか。一般常識から離れたデタラメな法的判断が下されないか。想像すると恐ろしい。法学部離れが進むことで、法曹や官僚のレベルが大幅に下がってしまえば、大げさにいうと、日本社会を混乱させかねない。

日本社会はもっと危機感をもったほうがいい。そのためには法学部出身者を大切にする、法学部教育をより充実させることが、喫緊の課題となる。

 

 

教育ジャーナリスト

小林 哲夫さん

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版橘木俊詔氏との共著)。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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