長きにわたって、たくさんのトップレベルのアスリートを輩出してきた日本体育大学(以降、日体大)だが、2023年にホームページで掲出されたスポーツマネジメント学部のキャッチコピーは「急募!運動が苦手な人」。我々はもちろん驚いたが、他の体育系大学からの問い合わせも多数あったという。このコピーにこめられた真意やその背景にあろう大学としての今後の展望について、石井 隆憲学長に話を聞いた。

 

石井 隆憲学長

「選手をサポートする側」を目指すスポーツマネジメント学部

 ここ30年ほどで、日本のスポーツ界は大きく進化したといってもいいかもしれない。1993年にサッカーのJリーグが誕生し、1994年にバレーボールのVリーグ、2003年にラグビーのジャパンラグビートップリーグ(現在はジャパンラグビーリーグワン)、2016年にバスケットボールのBリーグなど、プロあるいは、将来的なプロ化を目指したリーグが次々に生まれた。国内リーグの盛り上がりに比例するように、選手のレベルはあがり、世界的に活躍する選手も増えた。野球やサッカーのトップ選手は、海外チームに移籍するというのが当たり前に。個人競技でも世界のトップと対等に戦える選手が増えた。なぜ、このような流れになってきたのか。それには、アスリートをサポートする存在の人が大きいのではないかと石井学長は指摘する。

「最近は、チーム〇〇〇〇(編注…多くの場合は選手名やチーム名)という形で、そのアスリートを支えるためのサポーターがたくさんいて、対象の選手のパフォーマンスを上げるために動いています。それがどんどん拡大していて、彼ら・彼女らなしではよい成績は残せないというのが、現実の世界だと思います。ところが、彼らのアドバイスを受け、選手が実際に大会で記録を出すと、注目されるのは選手、あるいは指導者だけで、支えてくれた人に関しては、まるで存在していなかったかのような扱いになってしまう。私は、スポーツをする人たちは、サポートする彼ら・彼女らに対してもっとリスペクトするべきだと思うし、サポートする人たち自らがもっと注目されるような仕組みを作っていくことが必要だと感じています」

 2004年のアテネ、2008年の北京オリンピックで、2大会連続2種目制覇を果たした水泳の北島康介選手(2005年卒)が活躍した影にも、「チーム北島」という存在があった。映像解析の技術者、ウエイトトレーニングの専門家、運動生理学の医者らも参加し、オリンピックで金メダルを取るためにどうすればいいかを考え、助言をしていたという。

 スポーツマネジメント学部は、学生本人が選手や指導者を目指すのではなく、選手をサポートすることで、その選手を強くしたり、スポーツ界を盛り上げていく人材育成を目指す。確かにこのような形であれば、本人の運動能力はあまり関係なさそうだ。実際、マネジメント学部の一般入学試験では、国語と英語の点数で評価され、体育の実技はない。

「選手やスポーツを支えたい、何かスポーツを通して産業を活性化させたい、スポーツイベントを企画運営したい、そういった夢を持った学生がマッチするのではないでしょうか。他大学の経営学部や経済学部を卒業し、将来スポーツ系の仕事に就くこともできると思いますが、たくさんのトップ選手と一緒に机を並べて学べるという環境は、日体大の強みです。高校まで運動部で頑張ってきたけど、競技者としては充分やり切った。でも、そのスポーツが好きという人って一定数いるんですが、彼らにも来て欲しいですね」

個性ある学部があり、多様な学びができる

 スポーツマネジメント学部のほかにも日体大には、多彩な学部がある。中でも体育学部は、入学定員995名と学内で最も学生数が多く、競技者あるいは、将来指導者として関わっていくことを目指す人が集まる。

「体育学部は、スポーツ科学を学ぶ上において、本当に恵まれた学部になっています。多彩な種目に対応しており、種目(科目)によっては、他学部の専門の先生が体育学部に行って教えるような形にしました。実技系の科目は、グレード別に指導しており、それぞれの段階に応じた学びができます」

 近年、海外遠征などで、学内での授業参加が難しい学生には、オンラインやオンデマンドでの授業参加や単位取得が可能(124単位中最大60単位)になり、バレーボールの高橋藍選手(2024年卒)もこのシステムを活用して学んだ。
武道の魅力を多くの人に伝えたり、スポーツを通じた国際交流を行ったりするスポーツ文化学部も特徴ある学部だ。

「スポーツ文化学部は、海外実習が学部の目玉になっています。スポーツ国際学科では、フィリピン、ネパール、タイなどで運動指導、武道教育学科は、マレーシア、シンガポール、ハワイ、ドイツ、オーストラリアなどで日本の伝統文化(武道以外にも日本舞踊や和太鼓なども含んだ)の公演会や武道指導を行ってきました。卒業後にJICAの青年海外協力隊に参加する人も多く、派遣者数の累計は恐らく日本の大学一だと思いますよ」

 数週間から1カ月程度の短期派遣の場合は、在学中に渡航するケースもあり、特に武道や野球のニーズが高いようだ。現地でスポーツの魅力、日本の魅力を伝える経験は、人生においても貴重なものになるだろう。

 他にも小中学生や未就学児に運動やスポーツを教える児童スポーツ教育学部、柔道整復師や救急救命士などの資格取得を目指す保健医療学部がある。

志望者、採用者ともに多い体育教師という進路

 日体大では、幼稚園教諭一種免許および保育士資格が取得できる児童スポーツ教育学部/児童スポーツ教育学科/幼児教育保育コースを除き、すべての学部で中学校および高等学校教諭一種免許状(保健体育)が取得できる(児童スポーツ教育学部/児童スポーツ教育学科/児童スポーツ教育コースは中学校教諭のみ。保健医療学部は、2025年度以降の入学生が対象。現在、文部科学省における審査中で、結果により変更となる可能性あり)。中学校と高等学校の保健体育教師として、毎年300名近い卒業生が就職しており、例年日本一の座をキープしている。ここ数年では、70%近い新入生が教員免許資格の取得を希望し、うち50%弱が資格取得に必要な科目を履修し、実際に免許状を取得した。

 教員免許取得を目指す学生は、さまざまなスポーツから9種目(うち1種目は柔道、剣道、相撲から選択)の実技科目を選んで履修しなければならないという極めて厳しいカリキュラムをこなさなければならない。日体大としての質の保証を重視するためというのが背景にあるが、なかには負担に感じてしまう学生もいるため、今後は、より柔軟な形に変更する予定だという。一方で、コロナ禍をきっかけに、中高でもタブレット端末を取り入れた授業が急増したが、それに対応するため、教員養成の科目でもICT機器を使った授業を充実させていく。

「本学は、体育教師を養成する学校としてスタートしたという歴史があります。近年、教員は職場環境がブラックで、なり手がいないと言われていますが、こういう時代だからこそ、日体大が日本の教育を支えなければならないと思っています。日本の未来を支えていくのは若い子ども達なわけで、そこをしっかりと教育しなければ、未来は失われてしまう。だから大学が責任を持って教員を育てて、しっかりとした教育を行うことができる人材を輩出する。日体大は、責任を持ち、日本の教育を守っていきます」

 ちなみに中学校および高等学校教諭一種免許状(保健体育)のほかにも、体育学部体育学科では、特別支援学校教諭一種免許状(知的障がい・肢体不自由者・病弱者)、体育学部健康学科では、養護教諭一種免許状(ヘルスプロモーション領域)、児童スポーツ教育学部/児童スポーツ教育学科/児童スポーツ教育コースでは、小学校教諭第一種免許状が取得できる。特別支援学校教諭免許の取得希望者は、北海道網走市にある姉妹校の日本体育大学附属高等支援学校で実習ができるため、中学校および高等学校教諭一種免許状と合わせて取得する学生も多い(ちなみに特別支援学校の免許は、中高どちらかの取得が条件になっているため、特別支援のみの免許は取得できない)。

「スポーツを学ぶ」だけではなく、「スポーツを通して学ぶ」

 スポーツが好きで、体育系大学に進学したいが、漠然と卒業後の進路に不安を感じている人も少なくないはずだ。しかし、石井学長はそのような不安は不要だと言う。

「体育系学部の場合、教員、指導者あるいは、消防や警察といった公務員になるというイメージが強いかもしれませんが、それは違います。文学部を出た学生さんたちがみんな作家になったり、あるいは編集者になったり、何か文字と関係する仕事に就くかというと違いますよね。文学部が文学を通して、社会やさまざまなことを学ぶのと同様、私たちの大学では、スポーツを通して、多彩なことを学んでいきます。各学部に応じたアカデミックな部分はもちろん、人間関係や社会性などを修得し、社会に出て求められる生き方や人間力を高めることができます。ですから、どんな進路を選んでも、活躍できると思うんです。学ぶためのツールが体育、スポーツであって、文学部が文学、経済学部が経済をツールにするのと同じです」

 日体大の代名詞ともいえる「集団行動」や「エッサッサ(1926年に日体大の伝統的校風の一つである質実剛健をテーマに、当時の学生が考案した応援スタイル)」などは、教育アイテムの一つとなっている。

「一時期、軍隊みたいだと言われたこともあるのですが、集団行動は、災害や事故が起きて、児童生徒を守らなければならない場面でとても役に立ちます。体育研究発表実演会など外部向けのパフォーマンスは、有志による参加になっていますが、基本的な動作は、1年生のオリエンテーションで全学生が行います。きれいに成功させるためには、周りを見ることがポイントで、人の表情や身体の動きを見て、自分も合わせる協調性が求められます。現代社会では、みんなで息を合わせて何かをするという機会が少なくなっていると思うので、貴重な機会ともいえるでしょう。相手に対する思いやりだとか。相手をいかに理解するかということにすごく通じると思うので、これから生きていくために求められる教育にもなっていると感じています」

 体育、スポーツを通して得られる力は、我々が想像する以上に大きいのかもしれない。
集団行動の演技

メダリストも集う環境で、刺激を受けながら成長できる

 石井学長は、スポーツが得意でも苦手でも、好きなら日体大に来て欲しいと話す。

「本学は、体育、スポーツの学校で、これを変えることは、絶対にありえない。でもスポーツを軸に、経済、医療、教育……、さまざまな学びが出来て、それらの多くをカバーしています。スポーツが好きで本学に来れば、間違いなく自分のやりたいことが見つかると思いますよ。同じ教室には、オリンピアン(オリンピック選手、出場経験者)や日本代表クラスがいる。これだけオリンピアンが集まり、メダルを獲得している大学は、世界中どこを探してもありません。彼らと一緒に練習をしたり、その姿を見たりするだけでも大きな刺激を受けるでしょう。アスリートとしてトップを目指したい人にとっても、支える側になりたいという人にとっても、刺激的な毎日を送れるはずです」

 過去、オリンピックにおける日本メダル獲得数の4分の1は、日体大生(卒業生含む)だという。8月に行われるパリ五輪でも日体大生が選手として、あるいは支える側としてきっと活躍することだろう。

日本体育大学 

石井 隆憲学長

北海道出身。日本体育大学大学院体育学研究科修士課程修了、1998年に博士(社会学)を取得。東洋大学の文学部・社会学部・ライフデザイン学部で教鞭を取ったのち、2014年より日本体育大学へ。保健医療学部教授、スポーツマネジメント学部学部長を経て、2021年4月第13代学長に就任。専門はスポーツ人類学。ミャンマーの伝統スポーツ、チンロンの普及・指導を行う日本チンロン連盟の代表も務める。

 

日本体育大学

体育スポーツ学・教育学・保健医療学に拡がる学びのフィールド

1891(明治24)年の創設以来、一貫してスポーツを通してすべての人々の願いである “心身の健康” を育み、あわせて世界レベルの優秀な競技者・指導者の育成を追究。現在は、スポーツサイエンスの幅広い領域を網羅する5学部9学科/4専攻/2コース/3大学院(研究科)[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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