2029年に創立100周年を迎える東京都市大学。今年1月、新たに学長に就任された野城智也先生は、建築学の新分野であるサステナブル建築を出発点に 技術経営分野のイノベーション・マネジメントまで、分野を超越した、独自のアカデミック・キャリアパスを切り拓いてこられました。教員人生をスタートした場所であり、今また学長として戻られた東京都市大学に、どんな未来を託されるのか。イノベーション・マネジメントの視点も加え、これからの日本に求められる人材の育成について、また高校生へのメッセージをお聞きしました。

 

私のアカデミック・キャリアパス

●武蔵工業大学(現東京都市大学)で研究者人生の基盤を固める
 私は、学部・大学院では建築を専攻しました。探索・試行の末に切り拓いたのはサステナブル建築(※1)という、計画・設計、構造・材料、環境工学という確立された建築学三分野を横串で刺したような分野で、地球環境の持続可能性を損なわない建築・都市の在り方を探究しています。具体的には、国内全体の30~40%を占めるとされる建築に起因するCO2などの温室効果ガスの排出をいかに減らすか、また、国全体の資源生産性(※2)を高める観点から、建築・都市を、どのような材料で構成し、どのようにして使いまわしていくべきかなどを研究し、その工学的解決策・緩和策を考案・提案してきました。

 サステナブル建築研究の始まりは、1980年代後半。今でこそ、カーボン・ニュートラルという概念は世界中で共有され、建築においてはゼブ(ZEB:Zero-Energy Building)の概念は当たり前になっていますが、私が武蔵工業大学に赴任した1991年当時は、まだバブル経済の余韻が残っていて、建築業界は、スクラップ&ビルドで新築建物をどんどん増やしていくという風潮でした。そんな状況の中で私は、このままこのようなことを続けていっていいはずはないという危機感を抱きました。一部の研究者、建築家も、これからは地球環境に配慮した建築・まちづくりが大事だと考え始めていて、日本建築学会でも1990年に地球環境特別研究委員会が産声をあげていました。

 何はともあれ、建築がCO2などの温室効果ガスをどのくらい出しているのかを定量的に測定し評価することが必要だと考えた私は、武蔵工業大学の学生諸君と一緒に、それぞれの建築材料が製造されるまでにどのくらいの温室効果ガスが排出されるのかを調査し、データベースとして発表しました。また、建築材料を使い回して資源生産性を高めるため、彼らと一緒に、建物の解体現場に出向き、それらがどう壊され、材料はどう廃棄されるのか、あるいはどうリユースされるのかを調査しました。そして様々なデータを泥臭く集めて分析して得た知見を英語圏で論文発表したところ、高い評価が得られたことから研究の手応えを感じ、その後の研究の方向性を定めることができました。

 サステナブル建築を実現するためには、建築業界だけでなく様々な分野との連携が必要です。国内外の研究者との連携交流から、建築分野以外の企業や研究者とのネットワークも広がっていきました。 このように、私は、当時、武蔵工業大学と呼ばれていたこの東京都市大学で、自らの研究基盤を作ることができました。

※1 サステナブル建築とは、地域レベルおよび地球レベルでの生態系の収容力を維持しうる範囲に収まるように、省エネルギー・省資源・リサイクル・有害物質排出抑制を図り、その地域の伝統・文化を保ちつつ、将来にわたって、人間の生活の質を向上させていくことができる建築。

※2 生み出されたモノ・サービス・付加価値の量(output)÷使用資源量(input)、すなわち、単位量の資源を用いることによって生み出されるモノ・サービス・付加価値の量。経済活動において使用される資源をどれだけ効率的に活用して付加価値を生み出すかを示す指標。
世田谷キャンパス
横浜キャンパス
● 東大ではプロジェクト・マネジメント(※3)研究や、イノベーション・マネジメント(※4)研究にも先鞭をつける
 1998年、母校、東京大学に教員として着任します。ただその着任先は、卒業・修了した建築学専攻ではなく社会基盤工学(土木工学)専攻でした。「コンストラクション・マネジメント」という新しい研究室の立ち上げに力を貸してほしいという要請に応じたものです。コンストラクション・マネジメントはまさに分野融合の分野でした。その後、急な欠員ができたなどの学内事情から生産技術研究所に移籍し、プロジェクト・マネジメント研究の開拓に従事しました。

 その矢先、小宮山宏先生(その後東大総長)からお声がかかります。武蔵工業大学時代からのサステナブル建築に関する研究への取り組みをどこかでお聞きになったようで、先生が立ち上げようとしていたバイオマス(木くず、廃食油など生物由来の有機性資源)活用促進を目的とした研究開発プロジェクトへの参加要請でした。学内外の化学、機械工学、林学など様々な分野の専門家と連携し研究開発に取り組みました。地域に散在するバイオマス資源をどこで、どういう処理をすれば、その運搬収集に要するエネルギー使用も含めた利用効率が最大化できるのかを探究しました。また、当時出始めたバーコードやICタグを活用してバイオマスのトレーサビリティー・システムを開発し、それを森林資源にも適用・試行することで、日本の林業が抱える流通上の問題点も明らかになり、その課題解決にも取り組みました。

 こうした異分野の専門家が連携して何かを創り出していった経験は、MOT(management of technology)を担う技術経営戦略学専攻という新たな専攻を東京大学大学院工学研究科に立ち上げるお手伝いをした際にも活かされました。この新専攻で私は「イノベーション・マネジメント」という授業を託されましたが、この科目は、様々な得意技をもった人々が神輿を担ぐようにして現代のイノベーションが進んでいくことを理解し実践できるようになることが主眼になっています。武蔵工業大学が提供してくれた一年間の英国研修で知己を得たインペリアル・カレッジ・ロンドンのデビット・ギャン教授(のちに同副学長、さらに後にオックスフォード大学副学長)など多くの国内外の先達に示唆・助言をいただきながら、2016年には 、「イノベーション・マネジメント」を出版することができました。

※3 独自の目的を期限までに達成していく一連の活動及びプロセスが、適切に動いていくように、種々の対策を施し、価値創造に導いていくこと。

※4 何らかの新たな取り組み・率先により、何らかの、精神的・身体的・経済的な豊かさや潤い、または、人や社会に役立つこと、あるいは、しあわせを創造・増進し、現状を刷新するような社会的な変革が生み出されるように、組織・プロセスを動かしていくこと。

イノベーション・マネジメントの視点から見た日本のものづくり産業――どう活かす?日本の得意技

 かつてナンバーワンとも言われた日本のものづくり企業の多くは、情報技術を駆使して世界規模でサービス・コトを提供し巨万の富を築いている企業に、部品を提供することで売り上げをあげる立場になってしまっています。こうした状況が進んでしまった一因は、創造性の低下や、本質を見抜く力、言い方を変えると洞察力の欠如にあると私は考えています。

 それは、日本語にはイノベーションという言葉がなかったため、技術革新と混同されるなど、必ずしもイノベーションが適切に理解されてこなかったこととも無縁ではありません。イノベーションは必ずしも技術革新を伴うものとは限りません。例えば、世界の多くのイノベーションの教科書で紹介されている「ウォークマン」。技術的には殆ど新しいものはありませんでした。しかし《音楽を持ち歩く》という新しい意味を創り出したのです。

 iPhoneなどスマートフォンの部品の多くは日本製ですが、その新規性は単なる携帯電話ではなく、そこに《サービス端末》という新たな意味を与えたことにあります。

 ウォークマン開発を主導した盛田昭夫さんも、iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズさんも、人間にとっての新たな《意味を作り》出すことという側面で創造力を発揮したわけで、人工物が人間にもたらす体験の本質を洞察する力がその創造力の基盤にあると考えられます。

 これまでの日本の企業、特に製造業の縦割りの事業部制は、既存の人工物を改良、改善していく点では優れていました。しかし、人にとっての新たな体験、新たな意味を提供する、まったく新しい種類の人工物を創出するためには、不向きの組織構造になってしまっています。

 世界は今、GAFAと呼ばれる巨大IT企業が提供するモノ・コトと全く無縁で生活や業務ができなくなっているほどになっています。コロナ禍がもたらした働き方、教育についての大きな変化も、巨大 IT産業には追い風であったと後世の歴史家は評するでしょう。

 私は、いまを席巻するこうした企業の本質は、《システムのシステムを構築する》ことにあると思っています。20世紀の日本企業のようにすべてを自前で行おうとするのではなく、Apple Storeに様々な企業が開発販売するアプリが「展示」されていることが象徴するように、何層にも分かれたシステム階層の基盤層、言い換えれば、さまざまなシステムを束ねるシステムだけを自ら握るという戦略を組み立てています。

 一昨年からは、こうした巨大なシステムの各層に、生成AIが適用されるようになり、教育を含むさまざまな分野で、人々にとっての新たな体験、新たな意味を怒濤のように生み出し始めています。

 このように、強大化しつつある枠組みのなかで、少なくとも当面は私たちはこれからの産業のあり方、人材育成を構想せざるをえないと思います。ただ、将来は、この国から、新世代の「システムのシステム」の構築者、担い手が生まれていくよう、私たち大学の教育者は知恵を絞り実行していかねばならないと思っています。

専門性プラスデザイン・ シンキング――神輿が担げ、二枚腰の人材を育成したい

●デザイン・シンキングのためのプログラムとPBLのさらなる充実を
 このような状況の中で、大学を卒業した後、「人生100年時代」をどう生きて行くのか。そのために必要な能力・スキルとは何か。かつて日本企業がもっていた社内での能力構築が縮退しているなかで、大学は一歩前に出ていかないといけません。

 そこで、本学は、工学教育の良き伝統は守りながらも、本質を見抜く力を育成しようとしています。カメラのついた携帯を見たら、「もはやこれは携帯ではなく サービス端末になりうるのだ」と見抜けるような洞察力を、です。

 そのためには、座学に加えて課題解決型学習(PBL)の重要性がますます高まってきます。本学では、「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム等、創造力を育むための授業、言い換えれば、デザイン・シンキングをトレーニングするプログラムが既に始まっていますが、今後それらをさらに本格化していきます。これらの取り組みは、未知の状況で出会った課題に対する解決策を組み上げていく力を育むだけでなく、異分野、異なる学科の仲間と取り組むことが大きな助けになるという体験知も生み出すことになり、こうして育まれた力や知は、将来どこかで、必ず生きてくるはずです。

 ちなみに、一人の天才、発明家による業績が歴史を大きく動かすイノベーションは、これからもおきえるでしょう。ただ、イノベーションのやり方の主流は、様々な人が集まり、各自が得意技を出し合いながら生み出していく、いわば《みんなで神輿を担ぐ》ような流儀になっていくであろうと、最新のイノベーション・マネジメント研究では認識されるようになっています。試作されたプロトタイプについて、多様な人々が参画するフォーメーションを作り、みんなで「試作⇨評価⇨造り変える」のプロセスを繰り返す、その際、ユーザーと作り手が協働することが必要ならユーザーも巻き込んでいく、といった具合です。こうしたプロセスは、まさにサステナブル建築を開発していく際にも必要なものでした。仲間とのPBL、異分野のメンバーとの協働を通じたデザイン・シンキングの修練は、神輿の担ぎ手になるための絶好のトレーニングになると思います。
「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム 授業の様子
●伝統の専門教育をさらに磨きつつ、教養教育も充実させたい
 もちろん専門性を育む教育の質保証はこれまで以上に重視していきたいと考えています。レートスペシャリゼーション傾向にあるように見える大規模大学とは異なり、入学直後から専門性の育成に取り組むことで、“手が動く”、基礎的な能力のある技術者を育てるという、武蔵工業大学時代から積み上げてきた産業界からの信頼をさらに強固にしていきたい。新進企業が興味を示さないニッチな分野で、日本が優位性を保ちながらイノベーションを進めていける余地はまだたくさん残されています。本学では、他大学では看板をおろしてしまったり、担当教員が殆どいなくなっている分野の先生方が力強く活躍されています。例えば、理工学部原子力安全工学科や理工学部電気電子通信工学科の強電分野、あるいは水素エネルギーの利用に関する教育研究については、日本全体を見渡しても私たちは貴重な担い手となりつつあります。これらの技術は、なくてはならぬ技術ですので、様々な挑戦をしつつ技術継承の責務を果たしていきたいと思います。

 リベラルアーツ教育も充実させていきたいです。変化の激しい時代を生き抜くには、大学で学んだことだけでなく、《自学自考》、自分で学び、自分で考えつつ、継続的に能力構築していかねばなりません。その基盤となるのがリベラルアーツ教育です。哲学でもいいし、農業、歴史でもいい、専門以外に興味のある分野を見つけ、専門とは違ったアングルでものごとを考えられるようになることはとても大事です。ただ、中規模大学としては、用意できる教科数は大規模大学のように豊富ではないかもしれません。こうした問題意識を共有できる仲間の大学と連携することで、多種多様な科目を用意し、学生 諸君の多様な知的好奇心に応えていきたいです。こうした観点からは、教育コンテンツのデジタル化が進んでいることも追い風です。

 創立100周年を迎える2029年以降、私たち大学のあり方とはどのようなものであるべきか。日本の大学というものの本質を見極め、未来の大学のあり方を洞察し、そのために必要な施策を考え実行に移していきたいと思っています。

高校生へのメッセージ――専門プラスアルファで、先の見えない未来を切り拓く

 本学だけではなく、大学はみな、それぞれの専門領域で、4年間あるいは6年間でどのような能力を身につけていけるかを示しています。ただ、変化・変革の激しい時代には、大学で身につけた能力だけでその後の人生を乗り切っていくのは難しいでしょう。そこで大学で学んだことが陳腐化してしまったとしても、前例のない課題に対処できる能力を生涯にわたって構築していける素養を育成していきたい、本学はそういう思いで教育に取り組んでいます。言い換えれば、《二枚腰》の人材となれるようお手伝いしたいのです。私たちは、皆さんの大学生活が、専攻を縦糸に、自学自考能力を横糸にして、自らの力を磨く機会になるよう努めています。 専門課程の内容に加えて、貴兄貴女にとっての横糸を編み込める可能性も大学選びの観点に加えてみては如何でしょうか。

東京都市大学学長

野城 智也先生

1980年東京大学工学部建築学科卒業、1985年東京大学工学系研究科建築学博士課程修了(工学博士)。同年4月より建設省建築研究所研究員。1986年同省住宅局住宅建設課係長などを経て 1990年同省建築研究所主任研究員。1991年武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科助教授、1998年東京大学大学院工学系研究科助教授、1999年同学生産技術研究所助教授、2001年同 教授、2007年同副所長、2009年同所長。2013年同学副学長。2018年同学価値創造デザイン人材育成研究機構長。2023年東京都市大学総合研究所特任教授、高知県公立大学法人高知工科大学教授。2024年1月から現職。専門分野はサステナブル建築、イノベーション・マネジメント。東京教育大学附属高等学校(現、筑波大学附属高等学校)出身。

 

東京都市大学

理工系DNAを持つ総合大学。時代と社会が求める「未来を変える」学びが始動

創立90年を超える東京都市大学は、2023年4月、横浜キャンパスに8学部目となる情報系学部「デザイン・データ科学部」を新設し、2キャンパス8学部18学科体制となりました。関連分野では相互に連携しながら教育・研究を進めています。専門の学習・研究に直結した実践的な[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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