文部科学省による「大学・高専機能強化支援事業」の効果もあって、理系の新設学部が増え、理系の入学定員が増えています。中には人文・社会科学系の大学が新たに理系分野の学部を設置するケースも見られます。こうした大学はこれまで理系受験生を対象とした学生募集を行った経験がないため、初めて理系受験生と向き合うことになります。では、文系受験生と理系受験生では志向性に違いがあるのでしょうか。感覚的には異なると言えますが、これまで理系受験生とは縁の無かった大学が新たに理系分野の学部を設置する際には、より正確に状況を把握することが必要になります。

 

理系・文系別に進学選択行動の違いを定量的に把握する

 一般的には理系受験生は研究志向、資格志向が強いというイメージがあると思います。一方、文系受験生は入学後の学生生活の充実に重きを置く傾向があり、伝統校志向で明るい雰囲気のキャンパスを好むというイメージがあります。こうしたイメージの根拠となるデータは、大学選択に関する様々な調査の結果によって、ある程度定量的に確認することができます。ただ、こうした進学選択行動についてもう少し掘り下げて確認したい場合、それに適した調査データで広く公開されているものはなかなかありません。

 最近では人文・社会科学系の大学や女子大などで新たに理系学部を新設するケースが増えています。こうした大学で学生募集を行う担当者は、理系受験生の学生募集を初めて行うことになるケースが多いと思います。この場合、理系受験生の志向性などについてよく理解しておくことが大切です。

 そのためのデータとして、調査結果が広く公開されているものの中では、リクルート進学総研「高校生の進路選択に関する調査(進学センサス)」が最も信頼度が高いと思います。現在、WEB上で確認できる最新版は、2022年度調査結果ですが、約15,000人の集計データですので、かなり参考になります。リクルート進学総研による調査では、「進学ブランド力調査」がメディアでよく取り上げられます。また、大学関係者もこの調査結果は大好きです(特に上位にランクされる大学の関係者)。しかし、本当に見るべきデータはむしろ進学センサスだと思います。ただ、進学センサスは隔年で行われていることもあり、データ量も多く、内容を読むのに時間もかかるためか、大学関係者と話していても話題に出ることは多くはありません。しかし、理系・文系別に進学選択行動を定量的に確認できるデータとしては貴重です。

参考:【リクルート進学総研】進学センサス2022調査報告書
https://souken.shingakunet.com/research/2010/07/post-e53f.html

理系は全受験生の約40%、マイルド理系は10%未満?

 集計データでは、大学進学者のうち文系は54%、理系は39%となっており、受験生の約40%が理系生であることが分かります<表1>。前回の当コラムで公立高校の数学Ⅲの履修率などから約40%が理系と推定しましたがそれに近い数字です。この他に文系・理系のどちらでもないという回答が7%あります。

 文系・理系のどちらでもないという生徒は、苦手な教科がなく、どの教科もかなりできる生徒であるケースが多く見られます。つまり成績がトップレベルの生徒です。そのため、当然ながら少数です。このトップレベル生以外は、看護や医療技術、スポーツ科学、教員養成系など概ね文系数学の範囲までで入試に対応できる分野の志望者が「文系・理系どちらでもない」生徒の大半を占めると考えられます。

 今後、拡大していく理系分野の定員充足には、この「文系・理系どちらでもない」生徒がどれだけ、デジタル・グリーン分野の新学部に目を向けてくれるかどうかが1つの鍵となるでしょう。ただ、前述のようにトップレベルの受験生で志望先が決まっている生徒(例えば医学部など)の意思は揺るぎませんので、それ以外の生徒ということになります。そうなると7%のうちおおよそ6~7割程度のボリュームになるのではないかと思われます。

 また、理系的な素養を持った文系生、いわゆるマイルド理系の生徒の動きも、理系分野の定員充足に影響すると思いますが、この層を定量的に把握することはなかなか難しい課題です。進学センサスでは進学を検討した分野の集計があり、複数回答ですので延べ数ですが、理系分野の進学を検討した文系生の比率を確認できます。これを見ると文系生で理系分野(情報、理工系、生物・農・獣医・林産・水産)を検討していた生徒は12.4%です<表2>。なお、医学・歯学、医療系を目指す生徒の学部系統への志望度は取り分け高く、デジタル・グリーン分野の新学部に関心を持つことはほぼ無いと思われるため、対象外としています。ただ、12.4%の生徒のうち実際に上記の分野に進学したのは2.9%ですので、理系進学をしてもらうためには、相当な働きかけが必要となります。

 こうして見ていくと理系進学をした文系生2.9%に「文系・理系どちらでもない」生徒の7割程度4.9%を加えた7.8%がマイルド理系生に該当すると推計されます。マクロで見れば、今の理系生39%にマイルド理系を加えると46.8%が理系となりますので、政府目標の理系50%にかなり近づきます。ただ、全体で見ればそうですが、理系分野へ新規参入した個別大学の視点からは、マイルド理系の規模は少ないと見えるのではないでしょうか。
 

理系生は学んでみたい分野を決める時期が早い

 進学センサスからは、理系生、マイルド理系生に働きかける時期やタイミングについての示唆も得られます。文系・理系別に「学んでみたい分野を考え始めた時期」を調査した結果があり、それを見ると理系生は文系生に比べて、高校1年の時期とする回答が多くなっています<表3>。さらに、各学年の時期を細分化した集計もあります<表4>

 


 これらを見ると、理系生は「小学生の頃・それ以前」、「中学生の頃」の割合が高くなっています。学んでみたい分野を考え始める時期が早いということは、一般的には決める時期も早くなると考えられます。そのため、かなり早期に働きかけることがポイントになります。工学系の伝統校のいくつかは、長きにわたって、小中学生向けの科学体験教室を夏休みに実施していますが、長い目で見て意味のある取り組みだということが分かります。中にはオープンキャンパスよりも、科学体験教室の参加者の方が多い大学もあるぐらいです。こうした取り組みの積み重ねが理系分野への新規参入大学と伝統校とでは大きな差になっているのでしょう。

 そうは言っても、リソースのない新規参入大学が、急に科学体験教室を始めることは容易ではありません。また、新設学部の場合は、情報発信の時期に制約もあります。かなり不利な環境ではありますが、先のことを考えて、少なくとも高校1年生を対象とした何らかの働きかけを行うことは必須だと考えられます。このように進学センサスには多くの情報があります。今後も機会があれば「進学先検討時の重視項目」の文系・理系の違いなどについても取り上げていきたいと思います。

神戸 悟(教育ジャーナリスト)

教育ジャーナリスト/大学入試ライター・リサーチャー
1985年、河合塾入職後、20年以上にわたり、大学入試情報の収集・発信業務に従事、月刊誌「Guideline」の編集も担当。
2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。
2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務め、日本経済新聞、毎日新聞系の媒体などにも寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学の様々な課題を支援するコンサルティングを行っている。KEIアドバンス(河合塾グループ)で入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行なっている。
詳細プロフィールはこちら