スポーツの魅力は様々。自分自身がスポーツをすることの楽しみや健康を増進させることはもちろん、プロアマを問わず様々なスポーツで、技を磨き心身を鍛え、試合や競技のその一瞬に臨むアスリートの姿に私たちは魅了される。

 こうした各種スポーツのアスリートを主に食事面からサポートしていくスポーツ栄養という分野が今注目を集めている。今回、長年スポーツ栄養の現場で、実際に選手たちの栄養サポートを行っている女子栄養大学栄養学部実践栄養学科の上西一弘教授にスポーツ栄養についてお話を伺った。

 

誰のための栄養なのか?栄養学の基本は変わらない。

 「女子栄養大学にも、スポーツ栄養、特にアスリートを栄養の面からサポートしたいという学生がたくさんいます。しかし、スポーツ栄養とは、『スポーツ栄養』という特別な分野ではなく、栄養学を学び、その知識や技術を活かしてサポートする対象が『アスリート』であるというだけなのです。ですから、対象者が高齢者になれば『高齢者栄養』になりますし、子どもであれば『小児栄養』になります。

 誰のための何のための栄養なのかによって派生的に学ぶ内容は少しずつ違ってきますが、基本の栄養学をしっかり身につけることには変わりありません。逆に言うと、栄養学の基礎ができていれば、スポーツ栄養で学んだことも様々な対象者に応用することができるわけです。

 管理栄養士を目指す学生の中でもスポーツ栄養を学びたいという学生の多くは、自分自身がスポーツ選手だった、あるいはマネージャーだった、スポーツが好き、スポーツをきっかけに栄養に興味をもったという学生がほとんどです。スポーツ栄養の面白さは、栄養サポートをする側もアスリートとともに勝負に関わり、『勝利』という結果で一緒に成果を分かち合えるという点で、学生にとってより魅力的に映っているように思います」

スポーツ栄養の現場で信頼される管理栄養士となるために

 「スポーツ栄養の現場で求められるのは、栄養の知識をベースに選手のアセスメントができ、おいしく食べるための調理スキルや環境にあわせて的確なアドバイスのできる人材です。実践栄養学科では選手から信頼され、継続して栄養サポートを任せてもらえる管理栄養士に成長していくことを目指しています」

 実践栄養学科では、まず基本的な栄養学の知識を身につけることから始まる。

 「解剖生理学、栄養生理学」では、からだの構造とともに、様々な状況下での生理的機能を学ぶ。消化管の構造や働き、尿の生成や腎臓の働き、心肺機能や呼吸・循環、骨の健康、その後、運動による筋肉や心肺機能への影響、運動と栄養の関わりなど、栄養を必要とするからだの仕組みについて理解を深める。

 女子栄養大学は、創立以来、単に栄養を摂取するだけでなく、健康のために実践しやすい「食事法」について研究を重ねてきた伝統があり、“何をどれだけどのように食べるか”を具体的にアドバイスできるよう、栄養素の過不足の状況、食品の種類や特徴、おいしく栄養バランスのとれた食事の調理方法など「基礎栄養学、食品学、調理学」についても知識・スキルを身につける。

 さらに、食事調査や身体計測・血液検査などの結果から、食事内容が適切かどうか、栄養状態を判断するための測定方法や評価方法「栄養アセスメント」や、成長・発達・加齢などライフステージに応じた栄養サポート「ライフステージ栄養学」の基礎を学び、選手・チームに直接食事提供を行えるように「給食経営管理論」で、献立の立案から食材の購入、調理作業工程の計画や衛生管理など、学んだことを活かして150食程度の食事を実際に提供する実習も行う。

 その他にも、幅広く科目群を履修することで、知識を深めていけるカリキュラムになっている。

選手を支えていくために様々な経験を積み重ねていく

 「現在、私の栄養生理学研究室では、大学駅伝強豪校の陸上部をはじめ、野球、バレーボール、ボート、ラグビーなどの学生スポーツをサポートしていますが、スポーツ栄養では、選手個人の身体的能力に加えて、競技特性やポジション、トレーニング内容、対象となる期間や学年などによっても、選手それぞれの体づくりに必要な栄養は変わってきます。

 監督やコーチ、選手と私たち栄養サポートの3者、場合によっては、その他にトレーナーなど関係するスタッフが増えることもありますが、試合や競技会に向けて目標を共有し、メニューの作成やそれぞれの選手のアセスメントに応じた食事へのアドバイスを行います。

 定期的に体組成を測り、チームによっては定期的に採血もしていますので、その数値を見ながら、選手ごとに体脂肪率が増加しているようであれば少し落とす、部位別の数値から体幹の筋肉量を増やすなど、それぞれの目標を達成するために必要な栄養を摂れる食事を提案します。

 時には体質や食習慣にまで踏み込んで選手のモチベーションを上げるフィードバックを実施したり、表面に現れにくい情報を得るためによく観察したり、相手に寄り添う姿勢を大切に質問の仕方を変えたりと、栄養サポートといっても様々な工夫が必要です。選手が競技に集中するあまりに、過度なダイエットなど健康を害しかねない状況を作らないようにアドバイスをしたり、見守っていくことも大切な役割です。

 学生たちは、競技特性を理解し、よりよい栄養サポートができるように定期的に練習に足を運び、選手の様子を観察したり、コミュニケーションを図っています。

 また、栄養バランスを考慮しながら、食事を楽しんでもらうこと、その中でからだづくりの助けとなる栄養が摂れるように、献立を考え・食事提供も行います。実際に、合宿で食事提供をするにあたり、見た目の華やかさにも気を配り、ありきたりにならないように試行錯誤を繰り返していました。

 このように、私の研究室では、スポーツの現場でどのようなことが行われているかについて実践的な経験を積んでもらうことはできますが、一足飛びにそうした現場への就職を保証するものではありません。結果を求め、一瞬一秒を競うアスリートをサポートする上では、栄養をサポートする側の経験も重要です。卒業後、すぐに希望するスポーツチームやアスリートの栄養サポートの仕事に就けるケースは稀で、給食会社や食品メーカーなどに就職して、その会社が食事を提供しているスポーツ施設やチームの寮などへ管理栄養士として派遣されるというケースが一番多いように思います。また、高齢者施設や保育園などで経験を積んでからという人もいます。様々な施設での大量調理の経験は、スポーツ栄養関係の現場に就職した際にも役に立ちます。スポーツ栄養、そして栄養学の可能性は幅広く、身につけた知識やスキル、経験をどのように活かしていくかは、学生自身に委ねられています」

日本の栄養学、スポーツ栄養を牽引する大学として

 実践栄養学科では、毎年200名を超える管理栄養士を社会に送り出している。2024年3月に実施された管理栄養士国家試験の合格者数は221名で、12年連続、全国第1位。合格率も97.4%となった(新卒のみの全国平均は80.4%)。卒業生は、スポーツ栄養の管理栄養士のみならず、多方面で管理栄養士として活躍している。

 また、女子栄養大学は2026年4月より、男女共学となり「日本栄養大学」へと校名を変更予定。大学としても新たな転機を迎える。上西教授は「さらに様々な視点から幅広くスポーツ栄養に取り組める環境を整えていきたい」と話す。女子栄養大学から日本栄養大学へ。栄養学を牽引する大学としてさらに存在感を増していくことが期待される。

女子栄養大学 栄養学部実践栄養学科

上西 一弘 教授

徳島県生まれ。1984年 徳島大学医学部栄養学科卒業。1986年 徳島大学大学院栄養学研究科 修士課程修了。その後、食品関連企業に就職し入院患者向けの流動食の開発に携わる。1991年より女子栄養大学に勤務し、2006年栄養学部教授に就任。専門は栄養生理学、特にヒトを対象としたカルシウムの研究、骨の健康と栄養、そしてスポーツ選手の栄養アセスメントとそれに基づく栄養サポートなど。

 

女子栄養大学

大学ジャーナルオンライン編集部

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