女王アリは、羽化後まもない時期にオスと交尾し、その時に受け取った精子を死ぬまで体内の「受精嚢」に貯蔵し続け産卵を繰り返す。女王アリの寿命は他の昆虫と比較して極めて長いことが知られており、多くの種で10年以上ともなる。一般的な動物のオスの精子は交尾後数時間から数日で著しく劣化し受精能力が低下することを考えると、女王アリが10年以上もの長い間にわたり精子を常温保存できる能力は極めて特殊と言えるが、これまでにその分子メカニズムはまったくわかっていなかった。
甲南大学、筑波大学、香川大学、琉球大学などの共同研究グループは、このメカニズムを解明するため、女王アリの受精嚢でどのような遺伝子が活発にはたらいているのかを網羅的に調べた。結果、精子貯蔵に関与すると予想されていた抗酸化酵素遺伝子や、具体的な機能は不明だが発現量が極めて多い遺伝子などが見つかった。これらのうちほとんどは受精嚢だけでなく卵巣や中腸などの活動的な器官でも発現がみられた一方、受精嚢のみで強く発現している遺伝子が12個発見された。この12個の遺伝子の機能は他の生物の生殖器官ではまったく知られていないため、女王アリの精子貯蔵に特殊化した機能をもつ遺伝子である可能性が考えられるという。
今後、こうした受精嚢特異的遺伝子が精子の生存や生理状態にどのような影響を与えるかを明らかにし、女王アリの長期間の精子貯蔵メカニズムの全貌解明を目指すとしている。将来的には、畜産や不妊治療の現場における精子の低エネルギーかつ高品質な保存技術開発につながることが期待される。