横浜市立大学大学院データサイエンス研究科と埼玉医科大学医学部総合医療センターの共同研究グループが、産科危機的出血に対する子宮全摘術の実施状況とそれに伴う母体死亡率を初めて全国規模で解析した。
分娩後に大量出血が短時間で進行する病態を「産科危機的出血」と呼ぶ。母体の命に関わる重大な状態であり、薬物治療、輸血、動脈塞栓術などが用いられるが、これらの手段で止血困難な場合には、最終的に「子宮全摘術」が必要となる。一方、これまで産科出血に対する子宮全摘術の実施件数や死亡率に関して、全国レベルでの実態把握がなされていなかった。
本研究では、全国の診断群分類(DPC)データベースを用いて、2018年4月から2023年3月までの5年間における産科危機的出血に対する子宮全摘術の実施実態と死亡率を包括的に解析した。
はじめに、埼玉医科大学総合医療センターの診療録とDPCデータの診断コードを照らし合わせることで、DPCデータベースでの産科出血の特定精度が非常に高い(感度97.8%、特異度99.7%)ことを確認した。
その上で、対象期間にDPCデータベースに登録された約21万人の産科危機的出血症例のうち、0.88%(1,835人)が子宮全摘術を受け、0.87%(16人)が死亡したことを明らかにした。さらに、計画的な子宮全摘の適応となる疾患(癒着胎盤や前置胎盤など)を除外した解析では、死亡率が2.2%に上昇することもわかった。
本研究により、DPCデータベースを用いた分析の信頼性が裏付けられたとともに、産科危機的出血に対して子宮全摘術がどのように実施され、どの程度の母体死亡率が伴っているかが浮き彫りとなり、今後の対応体制の整備に資する重要な知見が提供された。産科医療とデータサイエンスの融合により、日本における産科危機的出血治療の現状と課題をデータ駆動型で評価した成果といえる。