昔から故事成語で蛍雪と謳われるように、夜一生懸命勉強することは、ある意味、美徳とされてきた。しかし、科学的見地からいえば、睡眠を削ってまで勉強するのは、あまり合理的でないことは、すでに様々なデータによって実証されている。勉強した記憶を定着させ、さらに言えば大事な場面、例えば受験などのタイミングで、勉強した成果をいかんなく発揮するためにも、睡眠をきちんととれる生活リズムを形成することが勉強することと同じくらい重要なファクターなのだ。

 では「睡眠の乱れは、私たちにどのような影響をもたらすものなのか?」「なぜ、眠らなければいけないのか?」このような人にとっての「眠り」という不思議を解き明かし、「眠り」を通して社会に貢献するという基本方針のもと、2012年に発足したのが、江戸川大学の睡眠研究所である。

 

今回お話を伺った、睡眠研究所所長の浅岡 章一 教授

「睡眠」は、能力を活かすための土台のようなもの

 江戸川大学・睡眠研究所は2012年に設立。初代所長である高澤則美(現 名誉教授)は「眠りの不思議を解き明かし、眠りをとおして社会に貢献する」という基本方針の基、「人々の健康と幸せに資する」という目標を掲げたが、現在もその流れは受け継がれている。

 設立当初は一つだった各種の睡眠実験や認知実験に使用される「防音電磁シールドルーム」も、現在はその数を増やし、人文系大学では有数の研究施設と実験機器を備えた環境を整えている。

 睡眠研究所では、研究や論文発表の他、講演、研修、執筆など幅広い活動を通して「睡眠」への理解を深め、よりよく「睡眠」とつきあうための情報を社会へ発信している。

 睡眠研究所研究員による近著「合格睡眠」は、受験生に向けてわかりやすく睡眠の重要性を記した必読の一冊だ。誰しもが毎日行っているのに、「睡眠」とは自分で完全にはコントロールすることができないやっかいなものでもある。
「能力とは、その能力を発揮できるスタート地点に立ってこそ意味があると思うのです」と話すのは、お話を伺った江戸川大学・睡眠研究所所長で社会学部人間心理学科の浅岡章一教授。

 「私たちがこの書籍を執筆したのは、何か身体やこころの不具合が生じた際や調子が悪いときなどに、それはもしかしたら睡眠が関係しているのかも?と気づいてもらえるように。そして、科学的な正しい知識に基づいて少しでもそれを改善してもらえたらという想いからです」という。どんなに能力があったとしても、睡眠不足で持っている力を必要な時に発揮できなくては意味がない。
睡眠実験室では、睡眠中の脳波測定や覚醒時の認知課題を実施することが可能

「睡眠」を知り、「睡眠」と上手につきあうために

 睡眠研究所では「大学生における睡眠習慣が大学生活に与える影響」についての研究も続け、その研究成果は江戸川大学の学修サポートにも活かされている。

 大学生はその時間的な制約の少なさゆえに夜更かしをしがちであるが、「夜更かしをすると、朝起きるのがつらくなり、起きていても眠気が襲うため集中できず、集中できないから授業があまり理解できない(わからない)。さらに、夜間睡眠の短さを補おうとして朝寝坊したり、昼間に眠ったりしがちであるが、それが原因でまた寝る時間が遅くなって夜更かしをしてしまう」と負のスパイラルに陥りやすい。さらに本来の生体リズムのサイクルは24時間より少し長いため、我々の睡眠パターンは後ろにズレやすい(遅寝・遅起きになりやすい)傾向もある。

 このような負のスパイラルに陥らないように、江戸川大学では、入学して間もない時期から睡眠の大切さを意識できるよう、学生に向けた情報発信にも力を入れている。正しい睡眠習慣を確立する事の重要性は、大学の授業場面に限ったことではなく、例えば、就職活動中の睡眠習慣の乱れが、その後、社会に出てからの抑うつレベルにも影響がみられるというのだ。

 心身の回復や、骨の再生や筋肉の発達も含め、人間にとって睡眠の必要性・重要性は言うまでもない。しかし、私たちは睡眠というものを、本当に正しく理解し、眠れているのだろうか?

 「人は【覚醒】と【睡眠】を繰り返す生体リズムをもっていますが、これには個体差があります。しかし私たちの多くは、会社や学校といった集団に属し、決められたスケジュールの中で生活しているので、中々、自分のペースだけで睡眠をとるタイミングを決められないことが多いのも現実です。ですから、そうしたスケジュールにも適応し得る睡眠時間を含めた生活リズムをつくっていくことが、心身の状態をよりよく保つ、また自身がもっている能力を発揮することに繋がります」

 また睡眠について正しく知ることは、危険を回避することにも繋がる。その最たるは自動車の「居眠り運転」だろう。眠ってしまったら危険なことになるのがわかっているのに、人は眠ってしまう。自分のコントロールが効かない領域に入ってしまう前に危険を回避するには、やはり「眠る」という仕組みについて知り、生活や行動を変えていくことが最善の策だともいえる。
睡眠不足をはじめとする睡眠習慣の乱れが引き起こす認知的・心理的問題(浅岡,2017)

睡眠研究の裾野を広げていくような場所に

 「睡眠については、医学領域が中心となって知見の集積が行われてきたのは事実です。しかし、医学以外の領域による研究も数多く存在します。江戸川大学の睡眠研究所は、心理学をベースとした人間科学の一分野として様々な睡眠研究ができる場所でありたいと考えています」と、浅岡教授は話す。

 不眠に対する認知行動療法の研究から、睡眠習慣が認知的パフォーマンスに与える影響についての研究、その他にも、金縛りやお化けといった超常現象体験と睡眠の関係についての研究まで睡眠研究所で行われる研究は幅広い。さらに年齢に応じた睡眠教育の提供や、ベッドメーカーと共同でよりよい睡眠環境の探求にも携わっている。

 「睡眠研究所としては、これまで同様に科学的研究による知見の集積とともに、その研究の成果を地域や社会に還元していきたいと考えています。今後は様々な領域の中での睡眠研究の可能性を探り、研究所の内外、また睡眠研究者かどうかを問わず、様々な人々とコラボレーションした研究を展開していく事で睡眠研究の裾野を広げていきたいと考えています。その一方で、学生には、シンプルに科学の研究対象として『睡眠』というものを捉えて欲しいですね。自分の中の『なぜ?』を起点に、心理学で取り扱う各種の問題に対して睡眠の果たす役割って何だろうか?そういうわかっていないことを一つずつ明らかにしていくことが研究のはじまりであり、大切なことだと思います。そのための環境は整っていますので」

江戸川大学 睡眠研究所 所長 人間心理学科 教授 博士(人間科学)

浅岡 章一 教授

福島大学教育学部卒業後、同大学大学院教育学研究科を修了。
早稲田大学大学院人間科学研究科の博士後期過程を修了。
早稲田大学スポーツ科学部助手、福島大学共生システム理工学類研究員、
東京医科大学睡眠学寄付講座研究員・助教を経て、2013年より江戸川大学の社会学部人間心理学科へ。

 

江戸川大学

普遍的な教養と、時代が求める専門性を身につけ、将来は幅広い分野で活躍

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