名古屋大学、情報通信研究機構、東北大学、杏林大学、東京理科大学、国立遺伝学研究所らの共同研究グループは、ハエにおいて遺伝子操作による求愛行動の“種間移植”に成功した。
キイロショウジョウバエのオスは、翅(はね)を震わせて「ラブソング」を奏でることでメスに求愛する。一方で、同属のヒメウスグロショウジョウバエのオスは、自身が飲み込んだ食べ物を吐き戻して「プレゼント」としてメスに贈るという、まったく異なる求愛形式をとる。
このような種間の行動の違いは、脳内の神経細胞同士のつながり、すなわち“配線構造”の変化によって生じると考えられている。特に、二種のショウジョウバエはいずれも求愛行動を制御するfruitless遺伝子(fru)を発現する神経回路(fru回路)を共通して持っている。すなわち、両種のfru回路のどこかに「ラブソング」と「プレゼント」という求愛儀式の差異を生む配線構造の違いが存在することが示唆される。
そこで本研究グループは、ヒメウスグロショウジョウバエの脳を構成する約 14万個の神経細胞の中から、プレゼントを贈る行動を制御する神経細胞を探索した。その結果、インスリンを合成する18個の「インスリンニューロン」の関与を突き止めた。
次に、ヒメウスグロショウジョウバエのインスリンニューロンのみがfru遺伝子を発現し、その作用によって神経突起が大きく伸長して、求愛行動の司令塔として働く求愛司令ニューロンと接続していることを見出した。そこで、キイロショウジョウバエのインスリンニューロンにもfru遺伝子を人為的に発現させたところ、驚くべきことに、ヒメウスグロショウジョウバエと同様に神経突起が伸び、求愛司令ニューロンとの接続を形成した上、本来は決して行わないプレゼントを贈る求愛行動を示した。
このことは、わずかな神経の配線構造を変化させるだけで行動の“種間移植”を実現したもので、新たな行動様式の獲得や進化をいわば人為的に再現した画期的な成果である。本研究は、生物の行動進化の理解を大きく前進させるほか、行動を制御する技術やそのロジックを応用したICTの開発にも寄与することが期待される。