今年もノーベル化学賞受賞にわく日本。11回目となる京都大学総長と首都圏進学校校長による座談会は、奇しくも、昨年の受賞にまつわるエピソードから口火が切られた。新入試が揺れ動く中、大学のグローバル化や経営への新たなチャレンジ、高校の様々な取組と生徒、保護者の意識の変化。さらには生徒の学習意欲や進路選択、文理融合まで、尽きることのない大学と高等学校との対話の一部を収録した。

 


京都大学から

ノーベル賞授賞式とスウェーデンの学生

山極:昨年のこの会の後、本庶佑先生のノーベル賞受賞の発表があったが、あれほどたくさんの記者のみなさんが来られるのを初めて経験した。

 その後、スウェーデンの授賞式に同行させてもらったが、一番印象に残ったのが、そこでの学生の存在感だった。会場となる2階建てコンサートホールの1階では、1000人ほどの参加者が中央の国王を囲むように直角に席を作るが、国王と親族、受賞者を2階から案内するのは学生で、男女一人ずつが先頭に立って旗を持つ。2階では各大学の学生がそれぞれの校旗を持って並び、祝宴では食事の合間に様々な余興の司会をする。本庶先生など、スピーチする各賞の代表者を案内するのも学生で、スピーチが終わると2階の学生が一斉に各大学の旗を振って応える。学生が受賞者を国王とともに祝うのが伝統になっているようで、日本で似たようなしつらえで行われる授賞式では考えられない光景だ。

 スウェーデンでは消費税が25%などと高いが、18歳までの医療費が無料なのに加えて、初等教育から高等教育まで授業料は無償だ。日本では国立大学でも授業料は年53万円強。それに加えて生活費もほとんど親に依存している学生は、なかなか親離れできない。大学院でも授業料が要る。ヨーロッパや米国では授業料が無償どころか給与がもらえる。また先々週出席したドイツの学長会議では、大学進学率は70%ほどと高いが、マイスター制度などが充実していて、大学を出ることだけが社会で活躍するための条件ではないことが強調されていた。

 目下、高大接続改革で大学入試の問題ばかりに焦点が当たっているが、われわれが本当に考えなくてはいけないのは、高校と大学の教育をどう接続させれば、若者が各々の希望する社会進出を果たし、教育に対する満足度を高められるかだと思う。スウェーデンの学生たちも、それぞれが問題を抱えていないわけではないが、少なくとも自分たちの学究生活を国が支援してくれていることについての意識は高い気がする。日本では、多額の税金、たとえば国立大学である京都大学では、学生一人当たり200万円以上、授業料の約5倍が投入されているが、このことを学生はほとんど意識していない。もちろん社会の中でも、そういう仕組がもっときちんと認知されなければならないと思う。

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