心理学と先端技術で、人の行動はどこまで予測できるのか。これまでの社会科学の研究の枠組みを超えた革新的な研究が今、帝京大学で進められている。「外界の状態に応じて生じる生体反応から社会的行動を予測する」ことをテーマとしたプロジェクトだ。人が、異なる集団に属する人と出会った時、心、体、行動はどのように変化するのかを観測し、人間理解を深める試みである。
プロジェクトを発案した帝京大学文学部心理学科の大江朋子教授は言う。
「社会心理学では〝攻撃〞と〝援助〞の行動がとても重要な研究課題です。しかし、実際に攻撃や援助が必要になる状況を扱うことは困難ですので、現実に近い状況での理解があまり進んでいません。VR(バーチャルリアリティ:仮想現実)であれば、一般的な実験では難しい状況も創り得ます。例えば、車にはねられた人や、モノを落としてあわてる人と出会う状況をVR空間に創り、遭遇した人の反応を実験することも可能になります」
この研究には、医療分野でのVRなどの技術を研究する同大学大学院医療技術学研究科の古徳純一教授と、生体医工学などを研究する同大学理工学部の小川充洋准教授が共同研究者として参画。単にVRを実験環境として使うだけでなく、それぞれの専門性を生かすことで、従来に無い着想の研究が進む。
VR環境の構築やアバターの動きのプログラミングを担当する、古徳教授と大学院医療技術学研究科博士課程3年(古徳研究室)の高田剛志さんがVRのメリットを語ってくれた。
「VRであれば、人では再現できないような環境を、毎回全く同じ環境で提供できるため、実験の精度が格段に上がります。また、実験者が取った行動や反応を3次元の空間プラス時間の、合計4次元の空間の中で記録できます。多角的かつ定量的な行動評価が行えるため、従来の心理学では得られなかった知見が得られることを期待しています」
体に傷をつけない、非侵襲的な生体反応の計測を専門とする小川准教授も言う。
「この実験では、日常的に発生するような軽微な心理刺激に対する生体反応まで観測できるようにしました。脈波の変動や、皮膚表面温度と体内中枢の深部体温を計測。その変化や両者の温度差から、心理刺激に対する徴候をつぶさに捉えることをめざしています」
従来の心理学実験とは発想も精度も違うプロジェクトは、どのようにして生まれたのか。大江教授が振り返ってくれた。
「最初は遠方の研究者との研究を考えていました。その矢先、帝京大学内の異なる分野の教員同士が連携できる場と先端研究を支援するためのシンポジウムが開催されました。そこで、同じ大学にVRの関連研究で高い実績を持つお二人を知ることができました」
ここからの交流をきっかけに、3人は研究の価値に意気投合。この文理を超えた、先端研究のプロジェクトが実現したという。人間への理解を深め、心と行動の先が読める未来へ。分野を超えた専門性のシナジーが、また1つ、新たな「可能性」を生んだ。
https://www.teikyo-u.ac.jp/teikyolab
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