2009年ガードナー国際賞、2014年ラスカー基礎医学研究賞、2017年生命科学ブレイクスルー賞と、数々の主要国際賞を受賞し、生命科学分野において「小胞体ストレス応答」研究で世界をけん引して来られ、ノーベル賞受賞候補者と名高い京都大学大学院理学研究科教授の森和俊先生。

研究の面白さ、大発見が世に認められるまでの道のり、自ら打ち立てた研究仮説を信じぬいた先に見えた景色、これからの研究の展望などについて、同大学の白石晃將助教に聞いていただきました。あわせて高校生へのメッセージも頂戴しました。

 

 

研究領域と、世界に先駆けた研究成果とは

白石:最初に、先生のご研究を理解する上で重要な生命現象や概念について教えてください。

:一つは、生命の基本単位である細胞です。すべての生命は細胞で構成されています。私たちヒトはそれが約37兆個集まってできている多細胞生物です。一方で、細胞1個だけで生きている単細胞生物もいます。細胞は自分の外と内を分けるために膜(細胞膜)で囲われており、ヒトのような真核生物では、細胞膜の中にさらに膜で囲まれた様々な区画が存在しそれぞれが役割を分担しています。細胞内小器官というもので、例えばミトコンドリアはエネルギーを作り、リソソームは古いものを分解してリサイクルします。

白石:生物の教科書や上のイラストで確認してもらうといいですね。

:もう一つは、生物すべての生命現象を担うタンパク質です。水素・炭素・窒素・酸素・硫黄から構成されるアミノが鎖状に多数連結してできた分子で、その数と並び方を決める設計情報はデオキシリボ核(DNA)に書き込まれています。DNAから読み取られた設計情報をもとに様々な工程を経て最終的にリボソームというタンパク質合成工場で合成され、特定の形に折りたたまれていきますが、この状態になって初めて機能を発揮できます。体を動かす、ものを見る、匂いを嗅ぐ、話す、考える、笑う。私たちのこのような何気ない活動すべてを、タンパク質は担っているのです。

白石:そこで小胞体の出番ですね。

:はい。タンパク質は「特定の形に折りたたまれる」と言いましたが、ここで非常に重要な役割を担っているのが細胞内小器官の一種である小胞体です。小胞体の中には、タンパク質の形を整える特殊なタンパク質(=分子シャペロン)が沢山存在しており、その働きのおかげで形の良いタンパク質ができ、これが目的地へ行って機能します。一方、中には形の悪いタンパク質もできます。このいわば不良品をそのまま送り出すと様々な不都合が起こるため、小胞体はそれを判別して壊してもいるのです。

白石:整えるだけではなく、壊してもいるんですね。それではいよいよ、ご研究内容を具体的かつ簡潔にご説明いただけますか。

:一言で言うと「小胞体に備わっている脅威の復元力の秘密を探る研究」でしょうか。細胞はさまざまな環境変化にさらされますので、時には内部がおかしくなる、つまりストレスがかかります。小胞体にストレスがかかると、形の悪いタンパク質がたくさんできたり、形の良いタンパク質が不良品に変わってしまったりします。そしてそれらがたくさん溜まってくると、小胞体は、その情報を別の細胞内小器官である核に送り、分子シャペロンの数を増やしたり、不良品を分解する装置の量を増やしたりします。タンパク質の品質を管理する能力を保とうとするのですね。この一連の反応が「小胞体のストレス応答」であり、私は、小胞体がどのようにして不良品が増えたことを感知し、その情報を核に送っているのかという仕組みを明らかにしたのです。

白石:それがガードナー国際賞やラスカー基礎医学研究賞、生命科学ブレイクスルー賞など数々の国際賞の受賞、つまり世界の高い評価に繋がったわけですね。その意義についてもお聞かせいただけると、ご研究に対する理解が一層深まると思います。

 

 

何が数々の国際賞受賞につながったのか?次世代研究の展望も

:それには、小胞体、あるいは細胞生物学全般に関する研究史を振り返るといいと思います。
小胞体に関する研究には数々の研究者が参画していますが、いくつかの重要な発見を境に「世代」として分類することができます。私は、1950-60年代から成果を挙げられた方を第一世代、1970年代からを第二世代、1980年代からを第三世代、1990年代からを第四世代として分けていますが、私は第四世代に属します。

白石:ほかの分野と比較すると、短期間で、驚くべき速さで発展していますね。

:第一世代はアルベルト・クロード博士、ジョージ・パレード博士、そしてクリスチャン・ド・デューブ博士に代表されます。タンパク質を合成する工場であるリボソームには、細胞質に存在する「遊離リボソーム」と小胞体膜の外側に付着する「小胞体膜結合性リボソーム」の二種があることを見つけ、1974年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。第二世代にはギュンター・ブローベル博士を挙げたい。タンパク質を構成するアミノ酸には「シグナル配列」と呼ばれる配列があり、いわば荷札のように、それぞれのタンパク質が細胞内のどこで機能するかを決定している仕組を発見し、1999年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。第三世代は、2013年にノーベル医学生理学賞を受賞したジェームズ・ロスマン博士とランディ・シェックマン博士らです。彼らは、タンパク質が小胞体に入った後に、小胞輸送で別の細胞内小器官であるゴルジ体へ運ばれることなどを発見した。タンパク質が機能するには正しく折りたたまれる必要があることを解明したのもこの世代です。そして第四世代には、私や後に紹介するピーター・ウォルター博士などが含まれます。小胞体で正しく折りたたまれたタンパク質だけがゴルジ体に輸送されること、また不良なタンパク質は細胞質に排出されて分解されることなどが解明されました。

白石:第四世代の次、第五世代が気になます。どのような研究分野が第五世代に当たるのでしょうか。

:『網羅的遺伝子発現解析』に代表されるような解析手法を用いた研究だと思います。第4世代までは、個々の遺伝子(多くても10個程度)を調べていたのに対し、第5世代ではゲノム全体(ヒトだと約2万遺伝子)をいっぺんに調べて統合的に理解しようとしました。

 

ライバルとしのぎを削った1990年代

白石:これまでの5つの国際賞は、ピーター・ウォルター博士との共同受賞でした。ライバルでもあるウォルター博士とは壮絶な研究バトルを繰り広げられたとお聞きしています。

:大きなプレッシャーで体調不良に陥った時もありますが、あの苦悩がなければ今の自分はありません。ウォルター博士としのぎを削ったのは、小胞体ストレス応答の各ステップを担うタンパク質を同定するために遺伝学解析を行っていた1990年代初頭です。私は、IRE1というタンパク質が、小胞体がストレスにさらされ不良なタンパク質蓄積すると活性化し、内部の情報を核へ伝達する証拠を捉えました。しかし論文発表する段階で、既に生命科学研究の分野で名をはせていたウォルター博士が突如乱入してきたのです。彼は、タンパク質としての詳細な機能解析なしに、同定したIRE1に関する研究成果を『Cell』という世界の一流雑誌に発表しました。1993年 6月のことでした。研究は一番早い者だけが認められる世界。先を越されたという焦燥感で、一度は頭が真っ白になりました。しかし、私たちはタンパク質としての詳細な機能解析など、ウォルター博士の論文よりもさらに高いレベルでの研究成果を盛りこんで、彼から遅れるこ約2か月、同じ『Cell』に論文を発表することができました。同じ様な研究成果がこのように短期間で二報も発表されることは、『Cell 』では極めて異例で、あきらめずに挑戦してよかったと心から思っています。その後も、国際的な学術会議などでウォルター博士とは研究結果に関する解釈が異なるなど、ライバル関係が続きましたが、くじけることなく自分の研究結果・解釈を信じぬいたことが、2009年のガードナー国際賞等の共同受賞に繋がったのだと思います。

 

 

困難やプレッシャーを乗り越える精神はどこから?

白石:壮絶ですね。このように大きな困難やプレッシャーの中で、それに押しつぶされなかったのはなぜでしょうか。

:私の精神的な強さは、幼いころから続けてきた剣道のたまものではないかと思っています。剣道では流派に関係なく、「驚・恐(懼)・疑・惑」の四つを「四戒」と呼び、修業中にはこの中の一つでも心中に起こしてはならないと戒められています。剣道の勝負は技だけでなく、心の動きに支配されることが多く、相手に隙が生じても、四戒の中の一つが心に生じるとそれを見ることができない。しかも自ら萎縮し相手に隙を与え、その結果、打たれてしまうからです。私は研究においても常に、この四戒を脱して平常心を保ち、思慮深く活発な精神を養うよう修練してきたつもりで、それが活きているのかもしれません。

 

医療への応用や、AlphaFold2について

白石:数々のプレッシャーにも打ち勝って、「小胞体のストレス応答」という研究分野を牽引されてこられたのですね。最後に先生の将来展望などをお聞きかせください。

:一つは医療への応用研究です。近年、パーキンソン病などの神経変性疾患、腎臓病、肥満や脂肪肝などの代謝異常と小胞体ストレスとの関連が報告されており、今後、広がりを見せると思います。癌細胞は小胞体ストレス応答を悪用して増殖を続けていると考えられていますから、抗ガン剤のターゲットとしても注目されています。もう一つはビッグデータとAIによる生命科学研究の進展です。例えば、2021年にタンパク質構造予測センターが発表したAlphaFold2は多くの研究者に衝撃を与えました。AlphaFold2はDeepMind社によって開発されたAIシステムでタンパク質の構造を予測できます。その精度は驚くほど高く、数年来謎だった構造がいとも簡単に予想できたという事例もあります。このように生命科学分野では次々と新しい技術が開拓され、日進月歩の発展を見せています。
 

森先生から高校生へのメッセージ

白石:最後にもう一つ、高校生や未来の研究者にメッセージをお願いします。

:まずは、やりたいこと、熱意を持って取り組めることを2個見つけるということです。私の場合は研究と剣道。大学生ある時期から研究の道を究めることを目指しましたが、もしもうまくいかなかった場合は、剣道に携わりながら生きていこうと心に決めていました。だからこそ、覚悟を決めて研究の道を突き進めたのだと思います。ちなみに今でも、京都府剣道道場連盟を通じて小・中学生に剣道を教えています。もう一つは、常にプラス思考でいること。剣道の驚・恐(懼)・疑・惑の四戒と通じますが、特に、競争している間は負けることなどは考えないことです。また、自分の力ではどうにもならないことでクヨクヨ悩まない。これは、スポーツや研究に限らず、あらゆることに当てはまると思います。自分の信じた道を突き進み、その結果負けたのなら、そこで考え直し、出直すことが重要だと思います。新型コロナウイルスパンデミックの影響もあってか、現在は特に、夢よりも現実を追いかける若者が多くなっているように感じます。そんな空気を振り払い、一歩踏み出す勇気を持って欲しい。自分のやりたいこと、熱意を注げるものを見つけ、夢に向かって邁進する高校生、若者が一人でも多く出てくることを願っています。
 

京都大学大学院 理学研究科教授

森 和俊氏

1981年京都大学薬学部卒業、1983年京都大学大学院薬学研究科修士課程修了。 1987年 薬学博士(京都大学)。1985年岐阜薬科大学助手、1989年米国テキサス大学博士研究員、1993年 HSP研究所副主任・主任研究員、1999年京都大学大学院生命科学研究科助教授、2003年より京都大学大学院理学研究科授(生物科学専攻、生物物理学教室)、現在に至る。2005年ワイリー賞、2009年ガードナー国際賞、2011年上原賞、2013年朝日賞、2014年ラスカー基礎医学研究賞、2016年日本学士院賞・恩賜賞、2018年生命科学ブレイクスルー賞、他多数受賞。2018年文化功労者に選出。岡山県立倉敷青陵高等学校出身

 
 

京都大学大学院 農学研究科助教

白石 晃將氏

2008年京都大学農学部卒業、2014年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。修士課程在籍時、日本国際協力機構(JICA)を通じて短期青年海外協力隊としてバングラデシュに派遣。2015-2016年国連食糧農業機関(FAO)でのインターン及び2016-2017年日本学術振興会特別研究員を経て、2017 年に京都大学大学院農学研究科から博士号(農学)を取得。また、同年京都大学大学院思修館プログラム修了。同大学院博士課程修了後、2017-2018年外務事務官として外務省経済局経済安全保障課に勤務。2018-2020年FAOジュニア専門官、2020-2021年FAO食品安全専門官を経て、2021年1月より京都大学大学院農学研究科助教、現在に至る。岐阜県立多治見北高等学校出身。

 

「小胞体ストレス」を学べる大学・大学院

大学(学部)
大学名学部研究室詳細
京都大理学部(生物科学専攻)http://www.upr.biophys.kyoto-u.ac.jp/
京都産業大生命科学部https://ushioda-lab.com/
岡山大薬学部http://www.okayama-u.ac.jp/user/yakko/news.html
広島大医学部医学科https://home.hiroshima-u.ac.jp/imaizumi/index.html
宮崎大医学部医学科https://nishitoh.jimdosite.com/
金沢大医薬保険学域医学類https://med03.w3.kanazawa-u.ac.jp/

 

大学院(研究科)
大学名研究科・所属研究室詳細
大阪大医学系研究科(分子生物遺伝学領域)https://www.ugscd-osaka-u.ne.jp/mbs/index.html
医学系研究科(精神医学教室)https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/psy/
徳島大先端酵素学研究所(生体機能学分野)https://www.iams.tokushima-u.ac.jp/lab/oyadomari/
先端酵素学研究所(ゲノム制御学分野)https://www.iams.tokushima-u.ac.jp/lab/katagi/
奈良先端大河野特任研究プロジェクトhttp://www.naist.jp/iri/kouno/
ストレス微生物科学(高木研究室)https://bsw3.naist.jp/
courses/courses305.html

 

京都大学

「自重自敬」の精神に基づき自由な学風を育み、創造的な学問の世界を切り開く。

自学自習をモットーに、常識にとらわれない自由の学風を守り続け、創造力と実践力を兼ね備えた人材を育てます。 学生自身が価値のある試行錯誤を経て、確かな未来を選択できるよう、多様性と階層性のある、様々な選択肢を許容するような、包容力の持った学習の場を提供します。[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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