武蔵野大学工学部は来春、環境システム学科を改組して、日本で初めて≪サステナビリティ(持続可能性)≫を学科名に冠した新学科を開設する。今なぜ「サステナビリティ学科」なのか、設置の背景やその学びについて、学科の将来を担う明石修准教授と伊尾木慶子講師(いずれも環境システム学科所属)お二人の話を交えて紹介する。 

 


 

今、なぜサステナビリティ学科なのか?

 武蔵野大学は2009年、環境学部を開設し、2015年にはそれを工学部へと衣替えし、以来、環境問題を工学的に分析し、その解決策を社会に発信してきた。しかし近年、著しい気候変動などによって社会の状況は様変わりし、求められるものも、環境問題の改善策だけでなく、脱炭素社会や持続可能な社会の実現など、社会全体の変革を促すものへと変化してきた。

 脱炭素を目指す再生可能エネルギーの導入を例にとれば、気候変動への対応だけより、地域の経済循環を生み、ひいては住民の福祉につながるというアピールの方が受け入れられやすい。また、変革を推進するためには、地域に入り人を巻き込み、コミュニティや社会を変える力の育成が急務となるため、工学だけでなく、将来の社会を作っていくための《ソーシャルデザイン》の観点を加えた文理融合のカリキュラムが求められる。新学科は、工学に社会科学を取り入れ、この点を明確に打ち出している点が大きな特徴だ。

 

カリキュラム編成、教育方法を、社会を変える力を養うという学科のコンセプトにあわせて大幅に刷新します

 これまでの大学教育にありがちな、「科目ありき」のカリキュラム編成から、「プロジェクト中心」へと大きく転換する。中心となるのが1年次から3年次までの必修の『サステナビリティプロジェクト』。週に400分、2日間の午後をまるまるこの時間に当て、単位数も従来の2倍を配当する。

 社会課題の解決を図る実践型と探求型があるが、いずれにおいても、プロジェクトに取り組む中で必要と感じられた知識・スキルを、座学や自習で学ぶという流れだ。もちろんプロジェクト活動に最低限求められる基礎的な知識やスキルは事前に学ぶが、専門分野についての従来型の座学などもすべてここに有機的に紐づける。そのため、プロジェクトに取り組む中で、不足している知識が明確となり、学ぶ意欲も刺激するからインプットの質が上がる。また吸収した知識をプロジェクトでアウトプットするから定着もしやすくなり、学びの好循環が期待できる。

 全教員が参加し、様々なテーマを用意するが、ほとんどを、学外で企業との連携の下に行う予定だ。具体的かつ実践的な学びを行うことで、実現に向けての粘り強い調整力や実行力なども身につけることができ、就業力も高められる。

 実践的に学ぶという点では、例えばエンジニアリング分野においても、測量、分析手法、設計手法といったスキル系演習科目をこれまで以上に増やす。頭で理解するだけでなく手を動かし、概念・スキルについて、「知っている」から「使える」レベルにまで高めることを目指す。

 

ゆるやかな2コース制で、4年間、幅広く学んでほしい

 ≪環境調査、シミュレーション・分析、設計などの工学的手法で環境問題の解決策を検討し、提案する力を身につける≫とする「環境エンジニアリングコース」と、新学科の特長を色濃く反映させる「ソーシャルデザインコース」の2コースでサステナビリティを推進する力を身につける。

 食料、水、エネルギーについての人間のニーズを満たしながら、環境を保護するなどといったデザイン思考、従来の政策科学や経済学を一歩進めたソーシャルデザインを学べることも大きな特徴だ。≪多様な人と協働して、サステナビリティを推進する仕組みや、そのために事業のデザインを実行し、実際に社会を変える力を養うことを目指す≫。

 あえてコースの垣根は低く設定する。≪領域を絞り込んで深く≫という考え方もあるが、高校段階では本当にやりたいことが固まっていなかったという学生も多いため、学科ではできるだけ広く学べることをアピールしたいという趣旨からだ。

 

明石先生、伊尾木先生から高校生へのメッセージ

 「学科の特徴を踏まえ、社会を変えたいという強い意欲のある人や、課題研究などで実績のある高校生のために、総合型選抜を初年度から用意している。一般選抜A日程・B日程は、英語が必須だが、「数学と理科(物理・化学)」や「国語と社会」といった組み合わせが可能で、工学部とはいえこれまで以上に文系からもアプライしやすいはず。

 他にも多様な入試方式があり、自分に合った方式を選択しやすい。サステナビリティの推進について学ぶという、社会の方向性と深く結びついた学科だから、実際に何かをやりたくてうずうずしている高校生にチャレンジしてほしい」と二人の先生は口を揃える。

 

 

『サステナビリティプロジェクト』には全教員が参加。 多様なテーマが用意され、様々な実践が可能に

 例えば明石先生が力を入れているのが、「パーマカルチャー※」と言われる持続可能な農業の実践。すでに、「都市の中で緑や自然とどう共存していくか?」をテーマに大学の屋上を使って自然循環型農業やそのためのコミュニティ作りを実践している。

自然とのつながりが希薄となった現代都市、そこに住んだり働いたりする人が、昔のように日常的に自然に触れ、それを身近に感じられる都市の実現を目指す。「これを新学科ではさらに拡大し、東京中に広げたい」と明石先生。そのためのマニュアル作りや、行政に環境整備を働き掛けていくことも学ぶ。「社員が昼休みに屋上へ行ってブルーベリーを収穫できる会社は素敵だし、それが当たり前になる社会はもっと素敵」とも。養蜂も行っていて、採取した蜂蜜を商品化する計画もある。

また生ゴミを堆肥化する企業と連携して、コミュニティーコンポストを設置して地域のゴミを減らす取組も試行している。これらのプロジェクトでは、緑地のデザインや植生などの知識、企業の環境経営、また廃棄物利用についての工学的知識、さらにはコミュニティづくり、ファシリテーション力などが身につく。

 コロナ禍で海外との交流は目下中断されているが、その再開に期待するのは、マレーシアのボルネオ島をフィールドに衛星画像や地理情報をベースとした森林・緑地計画などの研究に関わってこられた伊尾木先生。「学生が実際に現地を訪れる機会を作り、そこで生態系の豊かさや森林保全の大切さについて実感してほしい」と意気込む。

 他にも、マイクロプラスチックからアクセサリーを作り、環境への関心を高める取組なども始まっている。またソーシャルデザイン担当の教員からは、どのように社会を変えるかの具体的な方法が学べる。以上の他にも、都市気象(環境気象学)、環境心理学など多様なテーマが来春の開設へ向けて用意されつつある。

※永続(パーマネント)と農業(アグリカルチャー)を繋げた造語。

 

武蔵野大学

明石 修 先生

2003年3月京都大学工学部地球工学科 卒業、2005年3月同地球環境学舎環境マネジメント修士課程修了、2008年3月同地球環境学舎地球環境学博士課程修了。2012年国立環境研究所 客員研究員、2014年武蔵野大学大学院環境学研究科環境マネジメント専攻 准教授、同通信教育部環境学研究科環境マネジメント専攻准教授、2015年武蔵野大学工学部環境システム学科准教授。静岡県立浜松北高等学校出身。

 

 

武蔵野大学

伊尾木 慶子先生

2006年3月奈良女子大学生活環境学部卒業、2008年3月京都大学大学院農学研究科修士課程修了、2011年9月京都大学大学院農学研究科博士課程修了。2019年武蔵野大学工学部環境システム学科講師。大阪府立大手前高等学校出身。

 

武蔵野大学

「世界の幸せをカタチにする。」歴史と伝統を誇る武蔵野大学

2024年に創立100周年を迎える武蔵野大学は、仏教精神を根幹として学識、情操、品性ともにすぐれた人格を養い、学生一人ひとりの幸せ、世界の幸せに貢献する人材を育成。2023年4月に「工学部サステナビリティ学科」を開設、さらに2024年4月には「ウェルビーイング[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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