「かつて火星に存在した水はどこへ失われたのか?」
「生命が存在できる惑星大気環境が維持される仕組みは?」
――このような謎の解明を追求するのは、東京大学大学院新領域創成科学研究科・講師の青木翔平先生。惑星科学・天文学分野と火星研究の魅力、イタリアからベルギーへ、そして日本へと、国をまたいだ研究の意義、将来展望などについて、京都大学大学院農学研究科・助教の白石晃將先生に聞いて頂きました。高校生や大学生、未来の研究者に向けたメッセージもいただいています。
一番身近な惑星、火星
惑星科学・天文学分野と火星研究の魅力【学問研究の今】
白石:最初に、なぜ惑星科学・天文学分野、中でも火星に興味を持ったのか教えてください。
青木:高校生の時、宇宙の謎に迫るNHKのドキュメンタリー番組を見たのがきっかけです。番組では、数ある惑星の中でも火星について特集されていました。生命の存在可能性や惑星環境の進化などに関する研究者の説明を聞き、非常にワクワクしたことを覚えています。
大学受験では、「天文学」をキーワードにインターネットなどで検索し、天文学科のある東北大学理学部を志望しました。進学後に、火星について学べるのは宇宙地球物理学科であることを知り、配属時に選択しました。
白石:そんな火星の魅力とは?
青木:惑星は大きく分けて木星型惑星と地球型惑星に大別できます。木星型惑星は、主に水素とヘリウムから構成されていて、ガス惑星とも呼ばれます。太陽系では木星と土星などが該当しますが、大部分が気体でできているため人が降り立つことは難しいです。
一方、地球型惑星は、固体惑星とも言われ、地表面と大気が存在し、生命の存在や、遠い将来には人類が移住できる可能性があります。
私たちの太陽系では金星、地球、火星がその代表例です。中でも火星は、過去や現在に生命が存在した可能性があり、生命が存在できる惑星環境が形成・維持された謎に迫ることができるのが大きな魅力です。火星の大気は地球の0.6%ほどしかありませんが、地表温度がおおよそ-70℃から+30℃と地球に近く、太陽系惑星の中でも環境が地球に一番似ていますし、遠い将来、火星を温暖化させることで人間が移住できるのではないかとも考えられています。
話題の系外惑星研究※への応用
白石:なるほど…他にはどうでしょう?
青木:近年、私たちの太陽系の外に「第二の地球を探す」観測研究が盛んで、候補となる惑星が続々と見つかっています。また最近では、アメリカ航空宇宙局(NASA)が打ち上げたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡により、これまでとは比べ物にならないほど詳細かつ遠くの天体画像が公開されるようになり、第二の地球発見への期待が膨らんでいます。
ただ、系外惑星における地球型大気の観測は、現時点では非常に難しいです。そこで、私たちの太陽系にある火星や金星などの地球型惑星を詳しく調べ、それをもとに、太陽系の外にある地球型惑星の大気の成分や、その成り立ちを理解するのに役立てようとしています。
火星の太古の水はどのように消えたのか?
火星の大気の観測から迫る
白石:具体的な研究テーマ、その方法、アプローチについてもお聞かせください。
青木:現在、取り組んでいる研究テーマの一つは、火星からなぜ水が失われたか、そしてそれがどこへ消えたかの謎の解明です。これまでのところ火星表面には、水の存在なしには形成されない鉱物や地形がたくさん見つかっています。そのため火星は、かつては現在の地球のように温暖で湿潤な気候で、大量の液体の水が地表面に存在した時代があり、40億年前までは地球のように海があったとも推測されています。
しかし現在の火星は、薄い二酸化炭素大気に覆われた寒冷乾燥気候となっていて液体の水はなく、大気の水蒸気や極域の氷がわずかに見つかっているだけです。
では、かつて大量に存在した水はどこへ行ったのか。多くの科学者は、ある程度の水が宇宙空間に放出されたと考えていますが、それはどのように宇宙空間へ輸送されていったのか、私はそのプロセスを観測データから明らかにしようとしています。一般的に、火星を含めた惑星大気研究は、①理論的計算による数値シミュレーション、②人工衛星などに乗せる観測装置の新規開発、③大型望遠鏡や観測機で取得したデータの解析、といったアプローチがあります。
どれも重要で、各々のプロフェッショナルが協力して研究を進めています。私は③の専門家で、水に代表される火星大気の成分の観測を通して、生命が存在できるような惑星の環境はどのように維持されるのかを理解したいと考えています。
【現在に至る研究の軌跡】
大学院卒業後は、より良い環境を求めてイタリアとベルギーへ
ベルギーでは王立科学アカデミー「バロン・ニコレ賞」を受賞
白石:火星に関する研究を、日本だけでなくイタリア、ベルギーでもされていたようですね。具体的な研究内容とキャリアについて聞かせていただけますか。
青木:海外へ拠点を移して研究を行うことを考え始めたのは2012-2013年頃だったと思います。博士課程に在学していた頃は、望遠鏡で用いる観測装置の開発や、世界最大級の日本の望遠鏡であるすばる望遠鏡の火星観測データを用いて研究していました。
しかし、惑星探査機により取得されたデータをもっと深く解析してみたいと思うようにもなりました。当時日本では「のぞみ」や「あかつき」といった惑星探査機が打ち上げられてはいたものの、惑星軌道へは到達しておらず、そのデータは手元で使える状態ではありませんでした。
そこで、既に惑星探査機の軌道到達に成功している海外に出る必要があると考え、欧米の大学や研究機関の中からイタリア宇宙科学研究所(INAF/IAPS)を博士課程修了後の進路先として選びました。そこでは、「マーズ・エクスプレス」(欧州の火星探査機で、2004年から火星軌道で観測を行っている)プロジェクトチームの一員として、大気の温度・組成・エアロゾル量など、火星の気候を調べました。
その間に、ベルギーでは火星の大気をより精密に観測するための新たな観測装置の開発が進み、2016年3月には「トレース・ガス・オービター」(欧州とロシアが共同で進める火星探査ミッション、「エクソマーズ」の一環)という新たな火星探査機が打ち上げられたとの情報を受け、2016年秋にベルギー王立宇宙科学研究所に拠点を移しました。ここで、火星の水蒸気の鉛直高度分布を詳細に調べて、水が宇宙へ消失していく過程の一端を明らかにすることができたのです。
白石:それでベルギー王立科学アカデミーからバロン・ニコレ賞を受賞されたんですね。
青木:はい。1998年に創設された惑星科学・超高層大気研究の分野で、特に優れた国際的な若手研究者に贈られるベルギー王国の伝統的な賞です。
白石:火星をはじめ惑星科学分野の研究では多くの研究者が関わって一つのプロジェクトが進められると聞きました。なぜ青木先生だけが受賞されたのでしょうか。
青木:多くの場合、惑星科学分野の研究では、人工衛星を作るエンジニアから、データを取得し解析する研究者など50人以上が関わります。ただ、取得したデータの解析やその解釈が、ミッションの科学目標を明らかにするための最後の仕上げ作業として、やはり重要ということだと思います。加えて、プロジェクトを通じてチームワークへの貢献度の高さなども加味していただけたものと理解しています。もちろん今も、その装置で得られた観測データの解析は続けています。
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