文理融合型の学びだからこそ、できること
「私の授業では、デジタルを取り入れた歴史学を学ぶ前に、まずは歴史学についての基礎や、そもそも歴史学とは何かについて学びます。大学入学前までの歴史のイメージといえば、年号を暗記したり、いつ何が起きたのかを覚えるような堅苦しいものではなかったでしょうか。しかし、大学で学ぶ歴史学は、断片的な情報や資料を基に、より当時の状況について深く追求する学問です。
歴史学では、与えられた情報をそのまま信じるのではなく、「なぜ、そうだったのか」ということをきちんと追求して理解して証明する、もしくは新しい仮説を立てて検証するといったプロセスを学ぶので、基本的に自分で考えるということが一番大切です。
授業やゼミでは、そういった歴史学の方法論を学んだ上で、デジタル技術を取り入れて、VR(仮想現実)で過去の歴史風景を体験してみたり、AR(拡張現実)で今自分が歩いている道が昔はどうだったかをスマートフォンを通して体験してみたり、デジタル地図の作成やテキストマイニングなどにも取り組んでいます。
こうしたデジタル技術はこれからも常に発展していきますが、どうやって歴史の情報からデータを取り出し、解析し、考察して結論に至るのかというプロセス自体をしっかり身につけてほしいですね。実はこれは歴史学ではなくても、さまざまな場面で使える“思考のモデル”。社会に出てからも必ず役立つスキルだと考えています。
文化情報学部という環境において、1番大切なポイントは、理系・文系の壁を超えた学び方ができ、異分野の研究者同士や、さまざまなことを専門的に学ぶ学生同士が交流し合えるところ。実際にデジタルヒストリーの研究分野においても、歴史家同士の交流におさまらず、歴史家と情報学の専門家や統計学の専門家が交流して一緒に研究するというスタイルも主流となりつつあり、それがきっかけで、研究が大きく前進しています。」
デジタル・ヒューマニティーズを活用した歴史学の未来
「西洋の動向を見ていると、おそらくデジタル・ヒューマニティーズの技術は、将来的には当たり前のものになるんじゃないかなと思っています。インターネットでアクセスできて自由に使えるデータが今後ますます増えることによって、当然テキスト解析の精度が上がるだけではなく、従来考えられてこなかったようなAIを使った技術で、膨大な量の歴史資料の共通点を見いだせることになることで、従来認識されてきた歴史の流れが覆されるような展開が生まれる可能性も、十分に考えられるでしょう。
しかし、こうした技術が発展すればするほど、単に技術任せにするのではなく、歴史学の方法論に基づいて考えることが大切なのであって、それはこれからも継承されていくと思います。
日本では2000年代にデジタルアーカイブという大きな動きがありました。その重要性は、東日本大震災後に多くの資料が失われたり損傷することで、より広く意識されていくようになりました。データや歴史の保存・継承を目的に作られていましたが、例えばイタリアでは文化遺産をデータベース化して、地図上で検索できるようになっており、所蔵者や現在の状況を把握することが法律でも義務付けられているように、さまざまな国で行政の大きな取り組みの一つとなっています。これからは日本でも、大きく発展していく分野なのではないかと期待しています。
日本は、大河ドラマ、アニメ、漫画、ゲームなど、歴史を題材にしたコンテンツが多く、日常の暮らしの中で歴史に触れる機会がとても多い国なんです。歴史学はその社会環境に影響されるため、社会と歴史がどう関係しているかを考える“パブリックヒストリー”という学問も、今、日本で注目されているんですよ」
このように、歴史学には、従来の文系で学ぶ方法論だけではなく、具体的な技術や理系の統計学などの思考法をプラスした多角的な学びが必要となってきている。従来の歴史学や歴史の認識が変わっていく、まさに時代の過渡期と言えるだろう。
同志社大学 文化情報学部 准教授
Gaetan RAPPO(ラポー ガエタン)
2014年ジュネーブ大学卒業。博士(文学)。早稲田大学外国人研究員、ハーバード大学客員研究員、京都大学白眉特定准教授などを経て、2021年から現職。西欧宗教学の伝統的な手法も参考に、日本中世宗教史や当時の人々の世界観を研究。近年、デジタル・ヒストリー研究室を開室し、中世日本の聖教の分析に、デジタル・ヒューマニティーズの手法も用いた歴史研究を追求している。
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