量子科学技術研究開発機構、東北大学、日本原子力研究開発機構などの研究で、生きた動物体内におけるセシウムの動きを可視化することが可能となった。
東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、環境中に放出された放射性セシウムが体内に吸収され排出されるまでの生体内動態モデルについて、多くの研究がなされてきた。体内に取り込まれた放射性セシウムの動きを追跡することができれば、内部被ばくの影響を理解したり、生体からのセシウム排出のメカニズム解明に役立つと考えられる。
そこで本研究では、体内に取り込まれたセシウムの動きをトレースするためのポジトロン放出核種セシウム(Cs-127)トレーサの製造に取り組んだ。Cs-127はセシウムの同位体の一つであり、原子炉内の核分裂で生じるCs-134やCs-137と同じ動きをするとともに、放出されるポジトロン(陽電子)をたよりにがん検診などに用いられるポジトロン断層法(PET)で撮像することができる。
まず、サイクロトロンで高速に加速したヘリウムイオンビームをヨウ素ナトリウムに照射してCs-127を生成した。しかし、ここで生成されるCs-127の量はごく僅かで、トレーサとして用いるためには周辺に存在する2億倍の量のナトリウムイオン等を除去する必要がある。これにはセシウムを選択的に捕集するグラフト重合材を利用し、Cs-127トレーサの分離精製に成功した。
得られたCs-127トレーサを生きたラットに投与してPETで撮像したところ、取り込まれたセシウムは血流を通して腎臓、小腸などの臓器に集積した後、徐々に各臓器の外へ移動していた。こうして、生きた動物体内におけるセシウムの動きの可視化が世界で初めて実現した。
今回開発された技術を用いれば、各臓器内のセシウムの量が摂取後からリアルタイムに観測できるため、内部被ばく線量の評価研究に役立つことが期待される。また、植物研究への応用により、農作物の放射性セシウム低減技術の開発などにも貢献する見込みだという。