社会科学に強い大学として確固たる地位を築く一橋大学が、2023年にスタートさせ大きな注目を集めたのが文理融合の「ソーシャル・データサイエンス(SDS)学部」だ。同学部の谷田川達也准教授は、「SDS学部の特徴は、“データサイエンスを社会科学(ソーシャル)の問題解決のために応用する”と言い切っている点にあります」と話す。政治、経済、経営、マーケティングなど社会科学のあらゆる分野で、データに基づく確度の高い意志決定が求められる現代。理系の素養を持ちながら、社会課題を解決に導くことのできるソーシャル・データサイエンティストが社会から大きく期待されている。

 

課題の本質を見極め、データを見る目を養う。
技術のトレンドが変わっても活躍し続けられる人材に

データサイエンスは、統計学、情報工学などを組み合わせて大規模なデータから問題解決に必要な知見を導き出す研究分野。近年、AIやIoTなどのデジタル技術や、IT、DXの進展により集積できるデータも格段に増え、株式、金融、マーケティング、経営、災害対策分野をはじめ、哲学、歴史、文学、芸術など人文科学分野にもデータ活用の波が広がっている。

「データサイエンスの重要性は今後さらに高まるでしょう。しかし、やみくもにデータを分析すれば、課題解決ができるわけではありません。解決につながるデータとは何か、有効なデータをどう集めればよいか、分析手法と合わせてデータを見る目を養うことが重要です」と谷田川准教授は指摘する。

さらに技術の進化も著しい。ChatGPTに代表される生成AIがそうであったように、今後も常識が一変するような技術が次々と生まれる可能性がある。だからこそ技術のトレンドに左右されることなく、課題の本質を見抜きデータを活用できる力が重要だ。

「そこに文理を超えた広い教養を学べる本学部の優位性があります」。SDS学部では、1年次からデータの扱い方とあわせて、社会科学の土台をしっかりと身につける。これにより、社会で長く活躍する人材を育てようとしているのだ。

1年次から社会科学、統計・情報・AIの土台をつくり
3年次では企業連携のPBL演習で実践力を磨く

さらに具体的なカリキュラムを見ていこう。
まず1~2年次で、「ソーシャル・データサイエンス科目」「社会科学科目」「データサイエンス科目」を通じて学問の基礎を身につける。

「社会科学科目」には、一橋大学伝統の法学、社会学、経済学、経営・マーケティングなどの科目がラインナップ。「データサイエンス科目」では、統計学、情報・AI分野を体系的に学ぶ。統計学では、回帰分析やペイズ理論などの分析手法を、情報・AIではデータ活用に必要なプログラミングやデータ分析の基礎を習得する。「ソーシャル・データサイエンス科目」では、ソーシャル・データサイエンスの入門と、その法や倫理を学び理解を深める。

3年次になると、学外の企業や団体と協働するPBL(Project Based Learning)が予定されている。実際の企業が抱える問題意識とともにデータの提供を受け演習がスタート。社会科学の知識を用いて課題を見極め、データサイエンスの知識を使って解決方法を検討、企業への提案を行う。講義で学んだことが実践でどのように活用されるのか、そのプロセスを実体験し理解を深めていくのだ。

「カリキュラムからもわかるように、データ活用のバックグラウンドに理系も文系もありません。そうした枠組みにこだわらない方に、ぜひ入学してほしいです。学問の垣根にとらわれることなく、興味のあることを突き詰め、関心のある現象をしっかりと理解できる能力を身につけて欲しいですね」

AIの思い込みを逆手にとった新たなAI活用の研究も。
最先端の学問を学び、発展させ、社会に貢献する

基礎を身につけた先には、どのような研究の可能性があるのだろう。「私のゼミでは、実世界にある“物体”の形や質感をより詳細に計測するためのデータ処理技術や、計測したデータを現実世界の“本物”のように可視化する計算モデルを研究しています」と谷田川准教授。

現在AIの世界で主流となっている深層学習(ディープラーニング)という技術では、人間の脳の働きを模したニューラルネットワークをコンピュータで再現。大量のデータを与えることでAI自身がパターンを分析し、より良い答えを導き出せるようになる。しかし、大量のデータを学習させるには時間もかかるうえ、分野によっては十分なデータを得られないケースもある。そこで現在、谷田川ゼミが取り組んでいるのが、単一のデータ(=自己)から、有益な結果を導き出す「自己事前知識」に関する研究だ。

「下の図に示すのは、表面が凸凹している物体をAIが形状補正した結果です。形を計測するセンサは様々ありますが、種類によって得意不得意があり、ノイズのない形状データを得ることは実質不可能です。ノイズを除去する方法も数多く研究されてきましたが、扱える形に条件があったり、学習のために大量のデータが必要といった問題がありました。そこで、AIに“ノイズのあるデータだけ”を与えて、ノイズのない形状データを出力させる方法を模索しています」

実は、AIにも人間のように考え方の癖や“思い込み”のようなものがあることが近年の研究で分かっている。これを逆手にとり、AIに人間に都合の良い思い込みをさせて、期待するアウトプットを導き出そうという発想が鍵となっている。

この技術が確立できれば、データ収集の難しい文化財の修復や、生産ロットの少ない工業製品の設計といった幅広い分野で、理想的な形状のデータを取得するのに役立つという。

データの利用は現代社会での必須ツールだが、その活かし方は使う人の持つ知識によって変わってくる。「本学部にはさまざまなテーマのゼミが揃っています。社会課題の解決に役立つ最先端の学問を一緒に楽しみながら学びましょう」と笑顔でエールを贈ってくれた。

実際の研究では、どんなAIモデルを使うのか、訓練データとして何を使うかといった試行錯誤を繰り返し行っているという

一橋大学 ソーシャル・データサイエンス学部

准教授 谷田川達也氏

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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