畿央大学は2003年、奈良県北葛城郡広陵町に健康科学部を開設し、4年制大学としてのスタートを切りました。以来、「健康」と「教育」をテーマに、地域社会や国際社会の発展に創造的に貢献する『明日を支えるスペシャリストの育成』をめざして着実に実績を上げてきました。なかでも四年制私立大学としては関西で初めて開設された理学療法学科は、理学療法のフロントランナーとして研究業績でも業界をリードする教員陣を擁し、理学療法の未来を支える人材を輩出しています。その実績をベースに2013年、理学療法分野で注目されている『ニューロリハビリテーション』領域研究の中核拠点をめざして、『畿央大学ニューロリハビリテーションセンター』が開設されました。研究センター長を務める森岡 周 先生(健康科学部理学療法学科教授)に、同センター設立・運営の趣旨と、畿央大学が考えるニューロリハビリテーションについてお話を伺いました。

 

『人間とは何か』を常に考え続けるリハビリテーション研究・教育機関へ

 ─関西の4年制私大における理学療法教育のパイオニアとして実績を積んできた畿央大学が、『ニューロリハビリテーション研究センター』を開設した経緯をお聞かせください。

 森岡教授:「ニューロリハビリテーションとは、近年めざましい発達を遂げている脳科学や神経科学を応用したリハビリテーションのことです。これまでの理学療法─いわゆるリハビリの世界は、さまざまな要因で運動機能が低下した人々に対して、物理的な訓練によって関節や筋肉の動きの回復を促すという考え方が主流でした。

 しかし、同じリハビリメソッドを適用しても効果が出る人と出ない人がいるのは何故か。もしかしたらリハビリには、損傷された脳や神経の働きが大きく関係しているのではないか─そういった疑問が、ここ20年ほどの脳・神経科学の発展によって、徐々に解き明かされようとしています。つまり、麻ひで運動機能が低下した手足だけでなく、運動の指令塔としての脳のメカニズムを研究し、そこから得られた知見をリハビリに活用することの重要性が示されてきたのです。

 けれど現状では、理学・作業療法士あるいは言語聴覚士が最新の知見を学び、研究できる環境が充分にあるとはいえません。また、今後この分野をめざす学生にも、ニューロリハビリテーションの大切さやスキルを学ぶ場が必要です。

 私たち畿央大学には、4年制大学として積み重ねてきた理学療法教育の確かな実績があります。その土壌を活かして最先端のニューロリハビリテーションを研究し、正しく発信してゆく責務があると感じ、2013年に本センターの開設に至りました。2014年に施設および設備のハード面が完成。医療機関や教育機関と連携した『研究と実践をつなぐ』プラットフォームの役割を担うことを目標に活動し、多くの成果をあげています。

 ─ニューロリハビリテーション研究センターでは脳科学分野を始め、多様な領域にわたる研究や情報発信を行っているそうですね。

 森岡教授:「本研究センターは、高次脳機能学部門、社会神経科学部門、身体運動制御学部門、発達神経科学部門の4つで構成されています。
高次脳機能学とは、知覚・記憶・学習などやそれらに伴う心理を含めた、いわゆる認知についてのメカニズムを解き明かす学問です。脳血管の疾患や脳外傷などにより認知機能に障害が起きた『高次脳機能障害』を持つ人は全国で30万人弱ともいわれ、これらに対するリハビリテーションは社会的な急務となっています。

 社会神経科学はまだ耳慣れない学問分野ですが、ヒトの社会的行動について、神経科学と社会科学の両アプローチから研究することを主眼としています。身体運動制御学は、ヒトの動きを科学的にとらえ、神経学的な視点から身体の制御メカニズムを研究する学問分野です。

 発達神経科学は、赤ちゃんから大人や高齢者に至るまで、ヒトの発達過程を心身両面から神経科学的に分析しようという新しい学問領域です。
これらの4部門はすべて相互に深く関わっていて、明確に区分できるものではありません。それぞれの部門を融合して研究を進めていくことで、今後社会的に一層リハビリのニーズが高まっていくであろう ①脳損傷や神経変性による運動障害 ②高次脳機能障害 ③慢性疾患や神経等の病気による慢性疼痛 ④脳の機能障害を原因とする広汎性発達障害 にフォーカスし、これらの神経メカニズムの解明や、機能回復モデルなどの明確化を目指しています。そうして得られた知見に基づいて、効果的な「ニューロリハビリテーション」の開発や、臨床・教育の場での実践的研究を行っていきたいと考えています。

 ─リハビリテーションへのニーズがより高まる中、将来的なニューロリハビリテーションの可能性と課題について、どうお考えでしょうか。

 森岡教授:「我が国では人口構成をはじめ、生活、経済、労働、教育などあらゆる局面において社会構造の変化が急激に進む中、医療も大きな課題を抱えています。その解決策のひとつとして次世代のリハビリテーションを開発し普及を図るのが、私たち専門家や、大学という研究・教育機関の果たすべき使命だと強く感じています。近年、脳機能をイメージング(可視化)する医療工学技術が進化し、脳機能分析が格段の進歩を遂げたことがニューロリハビリテーションの追い風となっています。

 脳には多様な環境に対応するため、構造や機能を自ら変化させることができる『可塑性』という神経系の機能があります。これを応用して、たとえば脳出血などによって手足に片まひが起こった場合、その可塑性を理解かつ活かした練習を繰り返し行えば、脳が新しいネットワークを形成し、それに基づいて運動機能の改善が期待できるわけです。

 いわば脳と身体の関係は、車に例えると双方向に機能するエンジンとタイヤのような関係です。エンジンの司令でタイヤが回転しますが、悪路ではタイヤが走り方を変え、それを脳に伝えて脳が新たな学習をするというわけです。従来のリハビリではタイヤだけをうまく動かそうとしていましたが、エンジンの構造や能力をきちんと知ることで、新たなリハビリの可能性が広がってきたのです。

 問題は、どのようにしてエンジンを駆動させる環境を作るかです。リハビリにとって技法はもちろん大切ですが、患者さん本人の「良くなりたい」という自己意識が最も大切なのです。理学療法士などセラピストたちは、患者さんの脳に手を伸ばし、直接エンジンをかけることはできません。どうしたら患者さんのモチベーションに影響を与え、リハビリに対する意識をオンモードにできるか、そのための有効なコミュニケーションや認知的刺激を明らかにすることこそが、ニューロリハビリテーションの大きな研究課題とも言えます。ですから当研究センターでは、脳科学と一見遠いと思われている心理学、行動科学、社会学などといった領域との学際的研究に力を入れているのです。」

 ─貴研究センターがなぜ広範囲の分野を研究フィールドにしているかよくわかりました。センターが主催するニューロリハビリテーション関連イベントも、毎回大きな反響を呼んでいるそうですね。

 森岡教授:「医学的リハビリテーションの歴史そのものも1950年代ごろから始まったばかりで、経験則から得たノウハウがメインストリームを占め、学問としては未成熟な状態でした。大学は教育機関であるとともに研究機関であり、さらには外部に広く成果を発信してゆくべき立場です。2013年度より開催を続けている大規模なニューロリハビリテーションセミナーおよびフォーラムは、理学療法や作業療法関係者を始め、様々な職域の方々で毎回すぐに満席となる状況です。分科会的な位置づけの公募研究会も実施し、臨床と研究がシームレスに情報交換できる場として高い評価を得ています。また、一般向けには地域の高齢者を対象とした「畿央大学シニア講座」などを開催し、やさしく脳について学んでもらう機会を設けています。」

 ─未来に向けて、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターをどのような機関にしてゆきたいとお考えですか。

 森岡教授:「リハビリテーションの語源は、ラテン語で「再び人間らしく生きる」という意味です。当研究センターでは、ニューロと冠を称していますが、人間復権を意図したリハビリテーションを意識して研究・教育をしています。近年、テクノロジーの進化で優れたAIやロボットが次々とリハビリにも導入されていますが、使う人間、つまり対象者そのものが能動的にリハビリに取り組まなければ宝の持ち腐れになりますし、街のクリニックでは大学病院のような最先端機器の導入は難しいでしょう。

 リハビリの最適解は一人ひとり違います。ニューロリハビリテーションはそれを効果的に探り、人間の意識と行動を変容させ、最適解に近づけるための手段です。臨床で得たノウハウを研究に反映して新たな手法やハードを生み出すとともに、それらをどうカスタマイズして現場に導入し、個々の患者さんに適用して『人間復権』に役立ててゆくかまでが当研究センターの担う役割です。また、セラピストたちのリハビリテーションに対する自尊意識を高め、専門的な知見とスキルのボトムアップを行ってゆくのも私たちの責務です。

 つまり、研究ベース、教育ベース、そして地域などへの社会貢献ベース、これら3つを活動の柱として『人間とは何か』を常に考え続ける研究センターにしたいと考えています。そのために大学としての機能のみにとどまらず、病院など医療機関との連携はもちろん、医療機器や介護設備、IoT関連など、様々な研究開発分野のサテライト機関が当研究センターに集まりダイナミックな相互作用を生む─そんな産学連携のシステム構築が将来へのビジョンですね。」

 

研究センターの成果を、すばやく教育や地域に還元できるのが本学の強み。

 臨床で理学療法士としてのキャリアを積み、現在は研究者としても畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターを支える、信迫 悟志 准教授・大住 倫弘 准教授のお二方にもお話を伺いました。

 ─畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターにおいて、信迫先生は主に高次脳機能学部門および発達神経科学部門、大住先生は社会神経科学部門で臨床研究に取り組まれています。それぞれのご専門とセンターでの活動についてお教えください。

 信迫准教授:「私は理学療法士として病院で勤務していましたが、主に脳神経外科疾患の臨床に関わるうちに、リハビリテーションにおける神経科学の重要性に気づきました。当研究センターでは、主に高次脳機能障害や発達障害に関連した神経科学の基礎研究や、応用としての臨床研究を行っています。

 病院勤務時代から関わっていた特別支援学級訪問で、ADHDや学習障害を始めとする発達障害の子どもたちの存在を知り、神経科学の知見を彼らの支援やハビリテーションに活かしたいと思うようになりました。なかでも、発達性協調運動障害(DCD)という、縄跳びやラジオ体操など身体の各部位を別々に動かす運動や、手先の作業が極端にできない障害を有する子どもたちについて、ニューロリハビリテーションの視点で研究を進めています。教育の現場でもまだよく知られていないこういった障害のことや、子どもたちへの関わり方について、当研究センターから科学的なエビデンスを提供できたらと思っています。森岡先生も常に言われていますが、リハビリテーションには本人のモチベーションが大変重要です。とりわけ子どもたちにとって知的好奇心・興味・関心は非常に重要で、子どもたちのハビリテーションにはゲームやバーチャル・リアリティなどの楽しい活動が効果的とわかってきました。」

 大住准教授:「私も信迫先生同様、理学療法士として臨床を続ける中で「痛み」の仕組みに関心を持ち、疼痛を研究したいと思うようになりました。現在は幻肢痛という、手や足を切断した人があたかも自分の手や足がまだあるかのように感じる痛みを対象に、効果的なリハビリについて研究を重ねています。幻肢痛のある患者さんについては、見えない幻肢を動かそうとすることにより痛みがどう変わるのか、研究センターで試行を繰り返しています。また地域を対象とした活動として、痛みの中でもポピュラーな『腰痛』についての教室を開催しています。腰痛に対する皆さんの考えを変えることで、予防や対策への行動変容を促すことが目的です。病気を未然に防ぐためにも、脳科学が深く関わっているのです。」

 ─リハビリテーションの要である「行動変容」を広く促すことも、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの重要な使命なのですね。

 大住准教授:「畿央大学のような規模の私立大学で研究センターを設立、運営するのは非常に画期的なことだと思います。コンパクトな規模を活かして、地域の皆さん対象のリハビリ体験教室などを開催し、脳科学をベースにしたリハビリテーションの知識や実践をわかりやすく伝えていくなど、地に足が着いた活動に力を入れていきたいですね。」

 信迫准教授:「発達障害の領域では、どういった要因が発達に影響を与えるのか、どういった支援あるいはハビリテーションが、その子の人生を豊かなものにすることに貢献できるのかを探ることが目標です。当研究センターをひとつの核として、当事者である子どもたちや家族、学校など、発達障害をめぐる環境をより良いものに変えていく活動ができれば、と思います。研究の成果を大学教育はもちろん、地域や社会に素早く還元できることも当研究センターの強みと考えています。」

 ─ありがとうございました。

 

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