2022年4月、埼玉県深谷市にある埼玉工業大学の深谷市のキャンパスに新棟「機械工学科総合実験実習棟」が竣工した。次世代のデジタル時代の「デジタルモノづくり人材」を育成するための新たな拠点だ。

 


 

 今回、稼働を開始した総合実験実習棟は、これまでキャンパス内に点在していた実験実習室を集約することで、機能面やコミュニケーションなど、機械工学科の活発な実験・実習・研究を支援することを目的としている。延床面積約2000㎡の2階建、アクティブなFACTORYとLABOを兼ね備え、レイアウトや実験機器を、さまざまなニーズにあわせて、フレキシブルに対応できるよう設計し、時代の変遷になぞらえて配置したファクトリーゾーンとともに、最新のデジタルモノづくり設備を実感的に学ぶことができる。3Kと呼ばれた製造現場から3S (Safety, Sustainable, Satisfaction) への転換、DX時代をリードするエンジニアを育てていきたいと工学部機械工学科学科長の河田直樹教授は話す。

 高度な技術、品質の良さ、精密さが求められる工業製品などをはじめ、メイド・イン・ジャパンのブランドを築き上げた日本のモノづくりの土台は、今厳しい状況に置かれている。世界経済の牽引役がアジア諸国に移っていることはいうまでもない。

 産業界の現場における喫緊の課題は、デジタル化の遅れだ。もちろん、企業規模によって差異はあるものの、デジタル化の遅れとは、すなわち教育の遅れでもある。もう少し具体的に言えば、現場でデータを活用しきれていない、活用できる人材の不足、「現場力」の必要性などが企業から漏れ聞こえてくると、河田教授は言う。

 しかし、ここでいうデジタル化の遅れとは、数値化や機械化、パソコンで処理できる人材が増えれば解決するほど、単純な問題ではない。

 そもそも、機械が生み出す工業製品において「よい」もの、「価値」とは何か?
その定義は一つではない。製品一つ一つによって、その答えは異なる。

 これまで、職人が長年の経験によって作り上げてきたものの多くは、今後、データや機械に置き換わっていくことは間違いない。しかし、ニーズや生産コスト、時間、環境などさまざまな要因を考慮した上で、その一つ一つの製品における「よい」とされる基準、「価値」の定義を決めるのは、どんなにデジタル化が進んだとしても、やはり人間の仕事なのだ。

 埼玉工業大学では、プログラムやAI、IoTといったデジタルスキルの修得と並行して、ベテランの職人から加工技術の手ほどきを受けたり、実際の企業の工場同様にクレーンの備えられた環境でさまざまなシチュエーションで学生自身が手を動かすこと、体感することに重きをおいている。

 

 

 例えば、機械工学科では、加工状態の挙動をセンサーで測定する切削加工の実習がある。測定によるデータの変化を、外観、あるいは加工中の音や匂いなど、モノづくりの体感的な経験と一致させていく実習だ。なぜ一致させなくてはならないのか?それは、実際に「良いもの」「悪いもの」が、数値的、物理的にどういう状態であるのかを学生自身が頭と五感で理解できてこそ、そのデータの変化が意味するところを「推しはかる」ことができるようになるからだ。

 そして、それが、それぞれの製品の「価値」の定義を導くスキル、企業や社会から求められている「現場力」に繋がっていく。事実、こうした埼玉工業大学の機械工学科の取り組み、その積み重ねが、企業からの評価を得て、就職実績にも表れてきて、有名大手企業の就職でもランキングを上げている。

 「現場力」を培う工夫は随所にみられる。新しい総合実験実習棟には、いわゆる「仕切り」となる、壁や柱がない大空間が広がる。2年生が実習をする中、3年生、4年生は、その横で実験や卒業研究に取り組む。2年生は、1~2年後の自分の姿を横にみながら、今、何をすべきか考えてモチベーションを高め実習に取り組めるよう環境も整えた。

 

 

 また、学生の進む先によって、扱う機器が変わってくることも視野に入れ、実習室には、さまざまな機器が用意されている。多くのアイテムに触れたり、考えたりすることで、就職後、学生時代とは扱うものが変わったとしても、柔軟に対応できるようにとの配慮だ。

 私たちは、通信や映像技術などの発達によって、場所を問わず、さまざまな体験、バーチャルな体験もできるようになった。さらに、新型コロナウイルス感染症のリスクも相まって社会では非接触化も進んでいる。しかし、実際に触れるという体験は、説明しきれないほどの重要な経験をもたらすことを、人は本能的に知っている。だからこそ、このようなリスクの状況下でも、人々は何とかして、触れたり、体験したり、実際に人に会える世の中を取り戻そうとしているのではないだろうか。

 副学長・工学部学部長である福島祥夫教授は、「資源の少ない日本において、世界に誇れる日本ならではのモノづくりの価値はなくてはならないものです。これからの日本を担うデジタルネイティブのZ世代の学生に、どのようにデジタルの世界と実感あるモノづくりの世界とをつないでいくかが我々の課題であり、そのために今回、総合実験実習棟をつくりました。

 さらに本学の文系学部である人間社会学部とも連携しながら、埼玉工業大学全体でのモノづくりにもチャレンジしていきたいと考えています。3K(きつい、きたない、きけん)といわれた現場から、3S(Safety, Sustainable, Satisfaction)、安全、持続性、満足度の高いモノづくりの現場を目指して、産業界の未来に貢献できる人材育成に取り組んでいきたいと思います」と話した。

 

 

埼玉工業大学 副学長・工学部学部長

福島 祥夫先生

民間企業・公的研究機関など産官学の業務経験を有し、モノづくりにおけるIoT技術などを中心に研究展開中。博士(工学)。

 

 

埼玉工業大学 工学部機械工学科学科長

河田 直樹先生

民間企業で20 年間の製品開発や生産技術開発の経験を有し、機械を見える化する研究や、鉄道車両や小型モビリティの研究を展開中。博士(工学)。

 

埼玉工業大学

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