文部科学省が8月30日に「令和7年度 国立大学の入学定員(予定)について」を公表しました。入学定員の増減は倍率の変化に直結しますので、増える分には受験生は困らないのですが、公表された資料を見ると、ここ数年の傾向ですが理系学部の入学定員が増えています。私立大学でも理系の新学部が設置されるケースが多々見られますので、このまま理系の入学定員が増えていくと、いずれは理系の受験生だけでは入学定員を充足させることができなくなるかも知れません。

 

理工系分野の入学定員は347人の増加、農水分野も増加

 文部科学省「令和7年度 国立大学の入学定員(予定)について」の総括表を見ると、国立大学の入学定員は326人増加することになっています<表>。目立つのは理工系347人の増加です。昨年も理工系は366人増加していましたので、2年で700人近く理工系の入学定員が増えたことになります。また、農水分野も31人増えています。その分、人文社会系の入学定員が減っており、昨年は-50人、今回は-70人です。約10年前、文部科学省が「国立大学に文系は不要」と受け取られかねない通知を出したことで批判を受け、文系が不要なのではなく社会的要請が高い分野に転換せよという意図だと説明していましたが、こうして見ると結果的には文系不要ということだったのかも知れません。

 入学定員が減員となった大学で主なところは、秋田大(教育文化学部地域文化学科)-20人、山梨大(教育学部学校教育課程)-10人、滋賀大学(経済学部総合経済学科)-50人、和歌山大学(教育学部学校教育教員養成課程)-30人、山口大学(教育学部学校教育教員養成課程)-25人と人数的には滋賀大(経済学部)が多いのですが、件数では教育学部の多さが目立ちます。

 こうして減員した入学定員は、新学部の設置や既存学部の入学定員増に利用されています。秋田大(総合環境理工学部、情報データ科学部の設置)、山梨大(生命環境学部生命工学科40人→50人に増)、滋賀大(データサイエンス学部データサイエンス学科100人→150人に増)、和歌山大(システム工学部システム工学科305人→335人に増)、山口大(ひと・まち未来共創学環の設置)などです。

 減員した学部学科以外の学部等の入学定員を利用している場合もありますので、新学部などへの流用が必ずしも全て一対一で対応しているわけではありませんが、これが社会的要請の高い分野への転換です。そこで次は、新学部や入学定員が増員された学部等が、本当に社会的な要請が高いのかという問いが立てられます。

国公立大学の理系5割はすでに達成

 社会的要請が高い分野は、本当は介護や福祉や農林水産分野だと思われますが、教育未来創造会議の第一次提言によると、デジタル人材の不足とグリーン人材の不足が指摘されています。デジタル人材は2030年には先端IT人材が54.5万人不足するとされ、グリーン人材は不足数こそ示されていませんが、再生可能エネルギーなどでの新たな雇用の創出や2050年にカーボンニュートラルを表明した自治体の9割が外部人材を必要としていることから不足するとされています。この教育未来創造会議の第一次提言によって、今後、5年~10年程度の間に、現在35%にとどまる自然科学(理系)分野の学問を専攻する学生の割合を、OECD諸国で最も高い水準の5割程度を目指す目標が掲げられています。この方針に沿って新設学部や入学定員の拡大が続いています。

 そこで国立大学の入学定員について、2024年度入学定員を用いて、文系理系の入学定員をおおまかに計算してみました。なお、文理融合を標榜する学部については、文系理系に半々で合計しました。そうすると、文系学部の入学定員は約38,000人、理系学部の入学定員は約57,000人となり、5割をはるかに超えています。来年はさらにそこから理系学部の入学定員が増えることになりますので、増え過ぎのようにも思えます。

 公立大学も試しに大まかに計算してみましたが、文系学部の入学定員は約17,000人、理系学部の入学定員は約16,000人ですのでほぼ5割です。私立大学は学校基本調査(昨年の確定値)で見ると、理工農保健の入学者が約14万人で28%です。これに「その他」分野の半分を理系と見立てて加算しても約16万人で32%ですので、まだ5割には届きません。私立大学の入学者数が約50万人ですので、あと9万人が理系にならないと5割を達成できませんが、そこまで理系進学者は増えるのでしょうか。

マイルド理系学部で文系の高校生を受け入れる?

 大学の入学定員は確実に理系学部が増えていますが、受験する理系の高校生が増えなければ入学定員は充足できません。教育未来創造会議の第一次提言では、高校段階での理系離れが進んでおり、理系を選択する生徒は約2割だとされています。文科省資料では2025年度の18歳人口は110万人ですので、22万人が理系の高校生ということになります。この段階でもう定員充足はできないのですが、ただ、高校や大学で入試に関わる方々の実感としては、理系の高校生は2割以上いると感じていると思います。

 理系の高校生が2割というのはよく見かける数字ですが、調べていくと出所は、国立教育政策研究所が2013年に報告書を公表した「中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究」のようです。その報告書の中で「高校3年生の理系コースで履修する生徒の割合は22%(男子27%、女子16%)、文系コースで履修する生徒の割合は45%(男子38%、女子54%)である」という記述と調査結果データが掲載されています。今から10年前のデータが基になって、政策が立案されていることになるのですが、どうも現場の実感とはズレがあります。

 高校生の文系理系比率などの正確な数字は、各社の模擬試験データ以外では、なかなか見つけられないのですが、文部科学省の調査結果で「平成27年度公立高等学校における教育課程の編成・実施状況調査」の中に「高等学校における科目の履修状況(平成25年度入学者抽出調査)」結果が掲載されています。

 これを見ると普通科で数学Ⅱの履修率は92.5%、数学Ⅲの履修率は29.5%と出ています。この調査には理系生が多いと思われる、私立進学校のデータが入っていませんので、これらを加えると、おおよそ4割ぐらいの高校生が理系進学を目指しているのではないかと推測できます。18歳人口は110万人の4割、44万人に2023年度の大学進学率57.7%を掛け算すると約25万人ですので、やはり5割の目標は相当ハードルが高い、というか明らかに定員割れが発生することが前提となっているようにも受け取れます。

 これから理系学部を新設しようと考えている大学にとっては、良くない推計となりましたが、考え方を展開すれば道は開けるかも知れません。それは文系生を受け入れるという考え方です。すでにそのようにも思えるケースも見られます。来年、2025年度に新設予定の山口県立大(国際文化学部情報社会学科)が目指すのは、デジタル社会に強い文系「デジつよ文系」です。また、同じく来年新設予定の山口大(ひと・まち未来共創学環)も養成する人材像として「文系DX人材」という概念を示しています。両方とも山口県というのは何かの偶然だとは思いますが、こうしたマイルド理系学部であれば、数学Ⅱの履修率92.5%を考えると、定員充足が十分見込めるのではないでしょうか。

参考資料

令和7年度 国立大学の入学定員(予定)について
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/1408700_00009.html

国立教育政策研究所「中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究 最終報告書」(PDF)
https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h24/2_3_all.pdf

平成27年度公立高等学校における教育課程の編成・実施状況調査
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1368209.htm

山口県立大学国際文化学部情報社会学科
https://iss.ypu.jp/

山口大学ひと・まち未来共創学環
https://www.yamaguchi-u.ac.jp/faculty/cci/index.html

神戸 悟(教育ジャーナリスト)

教育ジャーナリスト/大学入試ライター・リサーチャー
1985年、河合塾入職後、20年以上にわたり、大学入試情報の収集・発信業務に従事、月刊誌「Guideline」の編集も担当。
2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。
2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務め、日本経済新聞、毎日新聞系の媒体などにも寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学の様々な課題を支援するコンサルティングを行っている。KEIアドバンス(河合塾グループ)で入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行なっている。
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