日本においても身近な宗教のひとつである仏教。2,500年以上の長い歴史を持つが、現代だからこそ触れる意義があるという。そんな仏教を学問として学べるのが武蔵野大学大学院通信教育部仏教学研究科仏教学専攻。院生たちは自分の人生と仏教を結びつけながら、問いを探究している。研究科長の下田正弘教授と、博士後期課程の篠田裕さんに、仏教学研究科の魅力や学びの体験談を聞いてみた。

 

闇のなかを手探りで生きる知恵を、仏教から学ぶ

 約2500年前に古代インドで発祥した仏教は、中国、日本など世界各地で広まった。さまざまな時代や場所の人々に受け入れられてきたからこそ、今改めて学ぶ価値がある。

「今の時代は先が見えているようでいて、まるで見えない。そんな混沌とした状況にあります。仏教の知恵の世界でいえば、闇のなかを手探りで生きている状態です。たとえば技術文明の発展は核兵器や自然破壊などを生み、闇が如実に表れています。
闇のありようは時代や地域によって異なりますが、混沌とした苦悩のなかを生きていかなければいけなかった、という点は同様です。しかも仏教には、社会の表層だけでなく、人が光を当ててこなかった裏の側面を照らし出すための知恵もあります。時代を超えて受け継がれてきた知恵を学ぶことが、今求められているのです」(下田教授)

 仏教学専攻の持ち味は、幅広い時代や地域、分野に対応できる専門家がいること。思想だけでなく、美術や医療、福祉など、さまざまな側面から仏教を掘り下げることが可能だ。

「仏教は音楽、建築、文芸、医療など多様な分野に影響を与えています。こうした仏教の応用的な側面を本研究科では“実践仏教”として扱います。院生それぞれの関心を可能な限り多様に選択できるよう、指導体制を整えているのが強みです」(下田教授)

人生で抱いた問いが“本当の学び”の入口に

 現在博士後期課程に在籍している篠田さんは、退職後に仏教学を学び始めた。大学時代の同級生が仏教関係の仕事に就いていたことがきっかけだ。退職後に時間ができたと相談したところ、仏教学を学んでみないか、と誘われたという。

「ますは友人のすすめで、東京仏教学院で1年間勉強しました。仏教学は非常に奥が深くおもしろいと感じて。とくに親鸞の、自分自身の凡人性や凡愚性を徹底的に見つめ直す思想には、興味を抱きました。今の社会では、自分の正当性を徹底的に追究して勝ち残るほうがいい、という風潮がありますが、親鸞は180度価値観が違います。もっと本格的に学ぶために武蔵野大学大学院に入学しました」(篠田さん)

 大学時代はキリスト教と近代化の関係について学んでいた篠田さん。社会人になり海外勤務も経験するなかで、仏教学への入口となる「問い」にも出会っていた。

「40代後半の頃、ドイツ中世史の専門家である阿部謹也の著作を読みました。日本の伝統的な人間関係や自我のあり方に対して批判的な目線で論じていて。だからといってヨーロッパの近代化を同じように導入し、日本人がヨーロッパ人のようになればその問題を解決できるわけではない、と阿部謹也は考えていたんです。両面に対して批判的な立場をとる姿勢は、私自身の海外での経験を踏まえると、とても納得できました。ただ、阿部謹也が親鸞の思想に触れている箇所には疑問を抱きましたね。なぜ親鸞なのだろう、と。ずっと頭の片隅に引っかかっていた『阿部謹也と親鸞』という問題をしっかり考えてみたいと思い、仏教学の門戸を叩きました」(篠田さん)

 自身が仏教学にたどり着いた経緯を、「一般的ではないかもしれない」と語る篠田さん。しかし下田教授は、院生それぞれが人生を歩むなかで独自の問いを抱き、仏教学専攻に入学していることを嬉しく思っているそうだ。

「きっかけは千差万別ですが、社会でさまざまな経験を重ねたあと、生きてきた道を振り返り、あらためて深く学びたいという志を持って入学される方が非常に多いです。若い頃に学校で学んだことも、社会に出れば、それだけでは捉えきれない現実に何度も出会うことになります。混沌としたなかで、自分が生きている世界のありようを改めて突きつけられる。そうした経験の蓄積によって、学びのベースがしっかりと整います。いわば、そこで初めて仏教学の入口に真正面から立つことができるのです。また、社会で役割を果たすなかで、長い時間をかけて培われてきた問題意識を、みなさんそれぞれに持っていると思います。その問いが、人生の節目に、あらためて切実なものとして立ち現れてくるのでしょう。ですから本研究科には、それぞれ異なる環境で人生を歩み、その経験を糧として、生涯にわたる学びとして仏教に向き合おうとする方々が集まってくださいます。そうした学生さんとの出会いは、教員にとっても新たな学びになっています」(下田教授)

真理を見て終わりではない。自分なりの生き方を追究する

 下田先生が考える「本当の学び」とは、仏教の知恵をただ身につけるだけではない。知恵が本当に人生の支えになるのか、自分なりに確かめていく過程も含まれている。そのための手段が、修士論文に相当する「特定課題研究演習」だ。論文の書き方を学んだあとは、指導教員と草稿のやりとりを何度もくり返す。通信教育部であっても、論文執筆に関する丁寧なサポートは通常の大学院と変わらない。

 篠田さんは「阿部謹也と親鸞思想」をテーマに特定課題研究演習に取り組んだ。下田教授の指導を受けながら、2年間かけて問いを深めていったという。

「私の課題は、阿部謹也がどのような思考の過程を通して親鸞などの知の巨人に向き合ってきたのか。阿部謹也が辿った道をなぞることで、私自身の考えも深めていけるのではと思っています。ただ、修士の間に自分の問題意識を徹底的に詰めることは、私の場合は十分にできませんでした。考える入口にようやく立てた、という実感です。せっかくここまで来たのなら、より本格的に自分の課題を考えてみたいと思い、引き続き博士課程で勉強させていただいています」(篠田さん)

 博士課程に進んだ篠田さんに、下田教授は「論文のテーマを自分の人生と結びつけ、どのような意味があるかを考えてほしい」と伝えた。そうすることで、その後の生き方が変わるような観点を見いだせるからだ。

「仏教には、こんな比喩があります。旅人が砂漠で井戸を発見したものの、釣瓶がなかったために、水を飲むことができなかったという話です。水は真理を表しています。井戸を見つけ、そこに水があると知るだけでは、まだ水を飲んだことにはなりません。自分自身のありようを見つめながら、そこから水を汲み上げる方法を、それぞれが見いだす必要があるのです。
大学院で論文を書くということは、いわば、自分自身で水を汲む方法を身につけることです。仏教の智慧を知識として学ぶだけでなく、それぞれが自分の問いを深め、自分なりの水の汲み方、そして飲み方を見つけてもらいたいと思います」(下田教授)

修了後も学びは続く。人生の選択肢のひとつに

 大学院修了後は学びを仕事に活かす人もいれば、人生の支えにする人もいるという。篠田さんは「論文は到達点のひとつ」だと考えており、さらに先を見据えている。

「自分自身の生き方や、社会で起こるさまざまなことをどのような観点で考えるのか。学び続けることで考え方のヒントを得られる点が、大学院での最大の収穫だと思います」(篠田さん)

 篠田さんが阿部謹也の著作や友人のすすめを機に仏教学に足を踏み入れたように、学びのきっかけはどんなことでもかまわない。生涯を通して問いを深めるための選択肢に、仏教学を加えてみるのもいいだろう。

「本研究科は自分が追究したいテーマを正直ベースで徹底的に追究できる場所です。自分自身が何をやりたいかをしっかり説明できれば、どのようなテーマであろうと受け入れていただけます」(篠田さん)

「仏教に直接関係していなさそうに見える問いでも、どこかにつながりがあるでしょう。真実はさまざまな形をとって現れてくるものだ、と仏教では考えています。ですから本研究科では多様性のあるテーマを受け入れることを歓迎してきました。専門の先生と本音で議論をしながら問いを深める、非常に貴重な場が準備されていますので、ぜひ門を叩いていただきたいと思います」(下田教授)

武蔵野大学大学院 通信教育部 仏教学研究科

下田正弘教授

1989年3月東京大学大学院人文科学研究科修了(印度哲学、博士)。東京大学大学院教授、University of Vienna教授などを経て、2023年4月より武蔵野大学大学院仏教学研究科長。専門は東洋哲学、仏教学。

武蔵野大学大学院 通信教育部 仏教学研究科

篠田裕さん

武蔵野大学大学院通信教育部仏教学専攻に2023年修士課程入学、2025年修了。現在は同大学院の通学課程の博士後期課程で研究を続ける。企業で海外勤務などを経験し、2021年度に退職。2022年から2023年に東京仏教学院で仏教学を学んだ。

 

武蔵野大学 通信教育部

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